著者
田中 雅侑 福留 千弥 藤田 直人 藤野 英己
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ab1353, 2012

【はじめに、目的】 肺高血圧症は進行性の肺動脈リモデリングを特徴とし,右心室の後負荷を増加させ,右心不全を惹起する.また,肺高血圧症の進行により顕著な運動制限を来す.その原因として骨格筋の運動耐容能の低下が指摘されており,運動耐容能の低下による身体活動量の減少は骨格筋の萎縮をさらに進めるとされている.近年,肺高血圧症に対する運動療法は運動耐容能の低下を改善させるとの報告がみられる.一方で,肺高血圧症における運動は肺動脈圧を上昇させ,右心室への負荷を高くするとされており,心筋への過剰な負荷は筋萎縮を誘発する炎症性サイトカインを発現させるという報告もある.このような報告から重度な肺高血圧症への運動療法は右心室に過負荷を与え,骨格筋の萎縮を助長する可能性も考えられる.本研究では,増悪期の肺高血圧症に対する運動が骨格筋の萎縮に及ぼす影響を遅筋と速筋で検証した.【方法】 4週齢のWistar系雄ラットを対照群(Con群),肺高血圧症群(PH群),肺高血圧症に運動を行った群(PHEx群)の3群に区分した.肺高血圧症はモノクロタリンの腹腔内投与(30mg/kg)によって惹起した.運動はトレッドミルを用いたランニング(速度;13.3m/min,30分間/日)を実施した.運動はモノクロタリンを投与した翌日から開始し,週5回の頻度で,4週間継続した.実験期間中は1週間毎に体重を測定した.4週間の実験期間終了後,ヒラメ筋及び前脛骨筋,並びに心臓を摘出し,湿重量を測定した.得られた骨格筋試料は急速凍結し,10µm厚の横断切片を作製した後にATPase染色(pH 4.5)を行った.ATPase染色の光学顕微鏡所見を用いて筋線維をタイプI線維,タイプIIA線維,及びタイプIIB線維に分別し,筋線維タイプ別の横断面積を測定した.また,体重に対する心重量比率を算出し,心肥大の指標とした.測定値の統計処理には一元配置分散分析とTukey-Kramerの多重比較検定を用い,有意水準は5 %未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 全ての実験は,所属機関における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の許可を得たうえで実施した.【結果】 モノクロタリン投与4週目にPH群とPHEx群は体重減少を認めた.体重に対する心重量比率は,PH群及びPHEx群がCon群に比べて有意に高値を示し,PHEx群はPH群に比べて高値を示した.ヒラメ筋の湿重量及び全ての筋線維タイプにおける筋線維横断面積で,PH群とPHEx群はCon群に比べて有意に低値を示したが,PH群とPHEx群の間には有意差を認めなかった.前脛骨筋の湿重量はPH群とPHEx群はCon群に比べて有意に低値を示した.さらにPHEx群における前脛骨筋の湿重量はPH群に比べて有意に低値を示した.前脛骨筋の筋線維横断面積はタイプI線維では3群間に有意差を認めなかった.一方,速筋線維であるタイプIIA及びIIB線維では,PH群とPHEx群がCon群に比べて有意に低値を示した.さらにタイプIIB線維はPHEx群ではPH群に比べて有意に低値を示した.【考察】 肺高血圧症に対する運動は,遅筋であるヒラメ筋の萎縮には影響を及ぼさなかったにもかかわらず,速筋である前脛骨筋に対しては萎縮を進行させた.先行研究では,モノクロタリン投与後4週間で右心不全が惹起され,心臓悪液質によって骨格筋の萎縮を誘発するとされている.本研究でもモノクロタリン投与4週目に体重の減少を認めたため,ヒラメ筋と前脛骨筋の萎縮は肺高血圧症モデル動物が心臓悪液質に陥った事が原因であると考えられる.また,肺高血圧症の増悪期における運動は右心室への負荷を増大することで炎症を惹起するとされ,その炎症は腫瘍壊死因子などのサイトカインを過剰発現するとされている.本研究では運動に伴う心肥大を認めたため,運動によって心臓への負荷が増大し,右心室で炎症性サイトカインが過剰発現していた可能性がある.炎症性サイトカインは心臓悪液質に関与するとされ,悪液質による骨格筋異化作用は,遅筋線維に比べて速筋線維で大きいとされる.その理由の一つとして,遅筋と比較して速筋では,悪液質による骨格筋異化作用の抑制に関わっているとされるNO産生が少ないことが報告されている.本研究では肺高血圧症の増悪期においても運動療法を実施したことで,心臓悪液質による影響が増し,速筋である前脛骨筋の萎縮を助長した可能性がある.【理学療法学研究としての意義】 増悪期の肺高血圧症に対する運動は,心臓に過度な負荷を与えるだけでなく,主として速筋の萎縮を助長することが明らかになった.このことから肺高血圧症に対する理学療法は,介入時期,及び心臓への負荷を考慮し,運動療法等の介入は慎重に行うべきであると考えられる.
著者
福留 千弥 田中 雅侑 藤田 直人 藤野 英己
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ab1101, 2012

【はじめに、目的】 心不全患者の特徴の一つに運動耐容能の低下が挙げられる。運動耐容能が低下する原因には心機能の低下だけでなく、骨格筋における退行性変化も関与しているとされている。心不全患者における骨格筋の退行性変化の一つに、骨格筋線維周囲における毛細血管数の減少がある。心不全患者は活性酸素種(ROS)の過剰発現によって酸化ストレスが亢進しているとされており、血管内皮細胞の機能不全や毛細血管の退行性変化をきたす。多くの栄養素は酸化ストレスを除去する能力を持つが、心不全患者は食欲不振による低栄養を伴うことが報告されており、心不全患者では酸化ストレスを除去する栄養素が欠乏していると考えられる。本研究では、心不全における骨格筋と心不全を伴わない低栄養のみの骨格筋を比較することで、心不全と低栄養が骨格筋内毛細血管の退行性変化に及ぼす影響の差異を検証した。また、心不全患者では速筋よりも遅筋において筋萎縮が起きやすいという報告から筋線維タイプによる違いも存在すると考え、速筋と遅筋の比較も併せて実施した。【方法】 4週齢のWistar系雄ラットにモノクロタリン(30mg/kg)を投与することで心不全を惹起した(CHF群)。また、同一週齢のWistar系雄ラットを用い、給餌量を自由にした対照群(Con群)と、給餌量をHF群と一致させた群(PF群)を設定した。4週間の実験期間終了後、ペントバルビタール(50mg/kg, <i>i.p.</i>)による深麻酔下で心臓、肺、足底筋およびヒラメ筋を摘出し、急速凍結した。組織切片のエラスチカ・ワンギーソン(EVG)染色所見を用いて、心臓の線維化と肺動脈壁の厚さを観察した。足底筋とヒラメ筋はアルカリホスファターゼ染色にて毛細血管を可視化し、筋線維あたりの毛細血管比率(C/F比)を算出した。さらに、足底筋とヒラメ筋はジヒドロエチジウム染色にてROSを可視化し、その発現量を測定した。得られた測定値の統計処理には一元配置分散分析とTukey-Kramerの多重比較検定を用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全ての実験は所属施設における動物実験に関する指針に従い、動物実験委員会の許可を得たうえで実施した。【結果】 心臓と肺のEVG染色所見では、CHF群にのみ心筋線維の肥大と膠原線維の増殖、および肺動脈における中膜の肥厚を認めた。足底筋のC/F比は、CHF群ではCon群とPF群に比べて有意に低値を示したが、PF群とCon群間には有意差を認めなかった。一方、ヒラメ筋のC/F比は、PF群ではCon群に比べて有意に低値を示したが、CHF群とPF群の間には有意差を認めなかった。足底筋とヒラメ筋のROS発現量は、PF群ではCon群に比べて有意に高値を示し、CHF群はPF群に比べて有意に高値を示した。【考察】 速筋における骨格筋内毛細血管の退行性変化は主として心不全に起因するが、遅筋における骨格筋内毛細血管の退行性変化は、心不全だけでなく低栄養の影響を受けることが明らかになった。足底筋では低栄養によるROSの過剰発現を認めたものの、低栄養による骨格筋内毛細血管の退行性変化は生じていなかった。一方、ヒラメ筋では心不全によって低栄養以上にROSが発現していたにも関わらず、骨格筋内毛細血管の退行性変化は心不全を伴わない低栄養のみの状態と変わらなかった。このことから、心不全や低栄養によるROSの過剰発現だけで骨格筋内毛細血管の退行性変化が誘導されるわけではないということが示唆された。一方、心不全では血清中にTNF-αが過剰発現するとされている。TNF-αは血管内皮細胞の機能不全を誘発し、血管内腔の狭小化を引き起こすことで骨格筋への血液供給を減少させる。このことから、CHF群の速筋と遅筋における骨格筋内毛細血管の退行性変化にはTNF-αが関与していたのではないかと考えられる。また、PF群の遅筋における骨格筋内毛細血管の退行性変化には、低栄養に由来するROS以外の経路が関与していたと考える。しかし、足底筋とヒラメ筋における低栄養由来のROSの過剰発現に対する両筋の反応はそれぞれ異なっていた。この点については不明であるため、低栄養に由来するROSの発現に対する筋線維タイプによる反応については今後検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 心不全患者における骨格筋内毛細血管の退行性変化には、心不全による因子だけではなく、栄養状態も関係していることが明らかになった。本結果より心不全患者における骨格筋の退行性変化を予防するには栄養状態のコントロールも重要であると考える。
著者
富島 奈々子 田中 雅侑 金指 美帆 前沢 寿亨 藤野 英己
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】肥満は生活習慣病の重要な要因であり,社会問題になっている。肥満には低強度走行運動等の有酸素運動が代謝や体重軽減に有効で推奨されている。代謝向上にはミトコンドリア数増加やコハク酸脱水素酵素(SDH)活性の上昇,毛細血管新生等の適応があり,有酸素運動は代謝向上に好影響がある。近年,無酸素性エネルギー代謝が起こる高強度インターバルトレーニング(HIIT)でもミトコンドリア数の増加が報告されている(Hoshino,2013)。一方,継続的な運動後の血中乳酸値濃度が乳酸性作業閾値(LT)以下の低強度運動とLT以上の高強度運動が代謝に与える影響を比較した研究は皆無である。HIITは有酸素運動よりも代謝が向上するという先行研究(Laursen,2002)から,ミトコンドリア機能亢進には有酸素運動よりもLT以上の高強度運動の方が好影響ではないかと仮説を立て,低強度及び高強度走行運動がラットヒラメ筋の代謝及びミトコンドリア数に与える影響の検証した。【方法】5週齢のWistar系雄性ラットを対照群(CON群,n=8),低強度運動群(LI群,n=7),高強度運動群(HI群,n=7)の3群に分けた。運動介入としてトレッドミルを用いた走行運動を1日1回,週に5回の頻度で実施し,LI群では速度15m/分,継続時間60分間,傾斜0°,HI群では速度20m/分,継続時間30分間,昇り傾斜20°の運動を負荷した。運動後の血中乳酸値濃度は運動前に比べて,HI群でのみ有意な上昇を認めた。3週間の実験期間終了後,サンプルとして精巣上体周囲脂肪及びヒラメ筋を摘出し,湿重量を測定した。ヒラメ筋は急速凍結し,-80℃で凍結保存した。ミトコンドリア数の指標としてTaqmanプローブによるリアルタイムPCR法を用いてヒラメ筋のmtDNAコピー数を相対的に測定した。また,薄切したヒラメ筋横断切片を用いてSDH染色によりヒラメ筋のSDH活性を測定した。ATPase染色(PH4.3)で筋線維をType IとType IIAに分け,筋線維タイプ比とタイプ別筋線維横断面積(CSA)を測定した。アルカリフォスファターゼ(AP)染色により筋線維数に対する毛細血管数(C/F比)を測定した。全ての測定値の統計処理には一元配置分散分析とTukeyの多重比較検定を行い,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】全ての実験は所属機関における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の承認を得た上で実施した。【結果】体重はLI群及びHI群共にCON群に対し有意に低値を示したが,脂肪量/体重比はHI群がCON群及びLI群に対し有意に低値を示した。ヒラメ筋/体重比はLI群及びHI群と共にCON群に対し有意に高値を示した。筋線維タイプ比とCSAはLI群及びHI群共にCON群との有意な差を認めなかった。また,mtDNAはLI群がCON群に対し,HI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示した。C/F比も同様にLI群がCON群に対し,HI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示した。また,SDH活性は,Type IではLI群がCON群に対し,HI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示し,Type IIAではHI群がCON群及びLI群に対し有意に高値を示した。【考察】HI群ではmtDNA増加とSDH活性上昇,C/F比増加がLI群より有意であった。運動によるミトコンドリア数増加やSDH活性上昇が知られており,異なる強度の走行運動では強度が高いほどミトコンドリア新生及び酵素活性の上昇が示された。運動強度が高いほど酸素需要が増大するという先行研究(Sasaki,1965)から,酸素需要増大に適応するためミトコンドリア機能向上が促されたと考えられる。また,運動によるミトコンドリア新生や酸化的リン酸化酵素活性上昇に伴う酸素需要増大が毛細血管新生を促すことが報告(Suzuki,2001)されている。C/F比もLI群よりHI群で有意に高値を示したため,毛細血管新生に与える影響の違いは,HI群がミトコンドリア新生や酵素活性に与える影響の大きさが反映していると考えられる。また,CSAとタイプ比に有意な差が見られないことやHI群のみ脂肪が減少したことから,HI群では筋力増強効果はないがミトコンドリア内での脂肪酸分解が活性化され,LI群より脂質代謝が活性化したと考えられる。これらの結果から本研究ではLI群よりHI群でミトコンドリア機能が向上し,代謝亢進に効果的であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】骨格筋の代謝活性の増加には低強度,高強度走行運動ともに有力な手段となるが,LT以上がより効果的であり,肥満の改善や予防に有効な手段となり得ることを示した点で意義があると考える。