著者
田代 尚路
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成21年度においては、前年度の研究の成果を発展させつつ、物語詩的抒情詩の分析研究を進めた。前年度に引き続きアルフレッド・テニスンの詩を主たる研究対象とし、ロバート・ブラウニング及びエリザベス・ブラウニングの詩も適宜参照したが、その他にもウォルト・ホイットマンとジョン・キーツの作品群にも焦点を当てることで、物語詩的抒情詩を歴史的な座標軸において捉えるべく努めた。具体的には、まずはテニスンの物語詩的抒情詩について、「待つ」ことを扱った詩であるという結論を導き出した。テニスンの詩においては、誰かの到来を待つ人物が描かれていることが多いが、待つという状況設定が物語的枠組の中で提示され、またその待つ人物の焦燥感に満ちた心理が抒情的に語られることで物語詩的抒情詩が成立をしている点を論証した。「待つ」という様態に注目をすることで、一見何の関係性もないように見えるテニスンの初期詩三篇の類似性と連続性を指摘した点がこの議論の最大の成果である。次いで、テニスンの抒情性について明確に把握するために、ホイットマンとの比較研究を行った。ホイットマンによるテニスン論を参照しつつ、テニスンの抒情性には空疎さが見られる点を明らかにした。空疎さとはこの場合、ある感情を詩の中で指し示す場合に、その感情の理由や根拠を不明瞭にしていることを指す。テニスンの物語詩的抒情詩において描かれている感情は、詩人本人のものなのかそれとも語り手のものなのか不分明であることが多いが、そのような境界の曖昧さを支えるものとして空疎さが見られるのだと考えられる。そしてその上で物語詩的抒情詩の系譜を再確認し、テニスンが持っていた問題意識の萌芽はキーツのLamiaにおいて見られる点を指摘した。