著者
田尻 雅士
出版者
大阪外国語大学
雑誌
大阪外国語大学論集 (ISSN:09166637)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.195-218, 1991-12-15

中英語期にイングランド中部を中心に隆盛した尾韻ロマンス群のうち、「ユースタス・コンスタンス・フローレンス・グリゼルダ伝説」と呼ばれるサイクルの六つの作品の中に、古英語詩に頻出する「浜辺に立つ英雄」主題の残存例とおぼしいものが-類話群には見られないのに-確認できる。これらのロマンスは基本的に、有徳の主人公の流謫、そして結末における愛する者達との再会を扱った貴種流離譚であるが、この主題はその流謫の始まり、もしくは終わりという、物語における重要な転機に現れることが多く、主人公の危難と最終的勝利を聴衆に感知せしめる役割を果たしたのではないかと推測される。またこの主題の存在は、トラウンス(1932-34)の言う「ゲルマン叙事詩の雰囲気をとどめる尾韻ロマンス群」という見解に一つの証左を与えているとも考えられる。
著者
田尻 雅士
出版者
大阪外国語大学
雑誌
大阪外国語大学論集 (ISSN:09166637)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.127-141, 1998-09-30

中英語尾韻ロマンス『ゴウサー卿』は中世ヨーロッパにおいて人気を博した「悪魔ロバート」伝説の一つであり、後に改心する悪魔の申し子の生涯を描く。かつてM. B.オーグルという研究者はこのロマンスの冒頭に経外典福音書の影響が見られることを指摘した。この説は学界に受け入れられているとはいいがたいが、テクストの詳細な検討ならびに中世ヨーロッパにおいて聖家族とりわけ聖母子崇敬を題材とした伝説・視覚芸術が大いにもてはやされたという事実を踏まえると、経外典のこの作品への影響は、むしろオーグルが説く以上に顕著なのではないかと考えられる。その影響は、例えば、経外典でマリアの両親とされるヨアキムとアンナにまつわるエピソード、マリアヘの受胎告知、幼児イエスに授乳する聖母などの「パロディー」という形で現れている。ゴウサーは経外典に描かれる少年期のイエスを奇妙に髣髴させる「反キリスト」として生まれ、長じては結局、その憎むべきイエスに倣い、聖人として生涯を終えるのである。