著者
田辺 由幸 中山 貢一
出版者
岩手医科大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

培養細胞レベルでは、周期的ストレッチ刺激により脂肪細胞の分化が抑制されるとともに、成熟脂肪細胞では幾つかのサイトカインの発現が一過的に誘導される。更に個体レベルの実験として、マウス腹部への局所バイブレーションの効果を調べた。高脂肪食を負荷したddY系雄性マウスを、無麻酔での30分間の物理的拘束に馴化したのち、片側の精巣周囲脂肪の真上の腹部に、皮膚の上から100Hz、30分間の振動刺激を1日2回与えた(n=16)。経過期間の体重と摂餌量の推移、16日後に摘出した各種脂肪組織重量/体重比、血中グルコース濃度には差が見られなかったが、バイブレーション負荷群では血漿中トリグリセリド(TG)濃度は僅かに低下する傾向があり、血漿中遊離脂肪酸(NEFA)濃度は有意に低値を示した。更に、振動刺激直下の精巣周囲脂肪組織では、刺激と反対側の脂肪組織に比べてTG/タンパク質比、ならびにPPAR-γ_2やSREBP-IcのmRNAレベルが有意に低下していた。同組織ではレプチンの発現も低下し、これに伴い血漿中レプチン濃度も低下傾向を示した。これらのことから、中・長期にわたる局所バイブレーション刺激を受けることにより、幾つかの遺伝子発現が抑制され、脂質代謝や一部のアディポサイトカインの発現分泌低下にまでつながる脂肪細胞の機能変化が生じることが示唆された。この際、刺激側の脂肪組織では、IL-6やIL-1βのmRNAレベルが増大する傾向にあり、軽度の前炎症性変化が生じていると考えられた。本研究から、局所バイブレーション刺激は体重減少につながる脂肪組織の減少効果はもたらさないが、刺激部位直下の脂肪組織の中・長期的な遺伝子発現および代謝内分泌機能の変化を介して、肥満に付随する高レプチン血症などが改善される可能性が示唆された。前炎症性反応の意義や功罪については今後の課題として更に検討を進める。
著者
田辺 由幸 中山 貢一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.5, pp.337-344, 2004 (Released:2004-10-22)
参考文献数
27
被引用文献数
8 10

肥満は様々な循環器病や糖尿病などの生活習慣病の危険因子であり,その予防と解消は極めて重要である.肥満の解消には,エネルギー需給バランスの改善が第一であるが,一方で,痩身効果を期待した脂肪組織へ局所的マッサージなどは日常的に経験することである.このような脂肪組織の局所的な運動,例えば圧迫,伸展(ストレッチ),揺動などは,組織を構成する脂肪細胞への機械的な力学刺激になり得よう.『脂肪細胞に対して,力学刺激がどのような効果を示すのか?』意外なことに,この疑問について科学的に検証された例はこれまでにほとんど見あたらない.肥満は成熟・肥大化した脂肪細胞が増え過ぎることによる脂肪組織の過形成が原因である.その際には前駆脂肪細胞の増殖・分化と分化後の細胞の脂肪の蓄積による肥大化のいずれもが重要な位置を占めると考えられる.我々は,株化培養前駆脂肪細胞を用いたin vitro脂肪細胞分化系において,ERK/MAP-kinase系が伸展刺激により持続的に活性化されることにより,脂肪細胞の分化に重要な転写制御因子PPARγ2の量が減少し,成熟脂肪細胞への分化が強く抑制されることを明らかにした.この結果は,脂肪細胞に対して力学刺激を与えることの生理的意義として,脂肪組織における脂肪細胞の更新・再生(リニューアル)の抑制を示唆するとともに,既存薬物との併用も含めた力学刺激の生活習慣病への適用の可能性をも期待させるものと考える.