著者
田部 知季
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.103, pp.1-16, 2020-11-15 (Released:2021-11-15)

本稿では、従来看過されてきた俳誌上の言説を渉猟しながら、虚子の俳壇復帰の同時代的な位置づけについて考察した。明治四五年、当時小説に注力していた虚子は『ホトトギス』に雑詠欄を復活させ、「平明にして余韻ある」句を旗印に俳句に復帰する。既存の近代俳句史の多くは、明治四〇年代の俳壇を新傾向俳句の動静に即して語っており、虚子の俳壇復帰はそうした時勢への抵抗と位置づけられてきた。だが実のところ、虚子不在の俳壇においても「季題趣味」や五七五の定型を遵守する論者たちが新傾向派に対して批判の声を上げていた。虚子の俳壇復帰とは、そうした有季定型派の保守層を自身が編集する『ホトトギス』へと回収する言説だったと考えられる。
著者
田部 知季
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.99, pp.33-48, 2018

<p>本稿では、従来看過されてきた短詩形文学と日露戦争の関わりを、井上剣花坊と河東碧梧桐の動向に即して検証した。剣花坊の川柳革新は『日本』の「新題柳樽」欄を舞台に展開し、戦争の時流に乗って躍進する。その中で彼は既存の「文学」に欠ける「滑稽趣味」を拠り所に、川柳というジャンルを「興国的文学」として価値づけた。一方、戦時下の俳壇では国威発揚を企図した「武装俳句」が試みられるも、実作上の成果を得られずにいた。他方、従軍の計画が頓挫した碧梧桐は、安易に俳句を戦争と結びつけることなく、自立的な「文学」としての俳句像を堅持した。彼はそうした反動の延長線上で全国行脚へ乗り出し、新傾向俳句を鼓吹することとなる。</p>
著者
田部 知季
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.1-16, 2017-05-15 (Released:2018-05-15)

本稿では、明治三十年前後の虚子俳論を日清戦後という時代相の中に布置し直し、その曲折の実態を明らかにした。当初俳句を叙景詩と定位していた虚子は、「大文学」待望論が加熱する日清戦後文壇の中、次第に人事句や時間句を支持し始める。そうした複雑な表現内容の追求は、定型を逸脱した「新調」を招来するが、虚子はその背後で俳句形式からの「蝉脱」をも提唱していた。当時の虚子は俳句を「理想詩」として擁立することに挫折した反面、自立化が進む新派俳壇において指導的な地位を確立していく。虚子が明治三十年中頃に至って定型へと回帰していくのも、そうした彼を取り巻く状況の変化に起因すると考えられる。以上の動向を描出することで、俳句というジャンルの通時的な実体性を批判的に問い直す、俳句言説史の一端を提示した。