著者
白石 弘巳
出版者
THE JAPANESE ASSOCIATION FOR MENTAL HEALTH
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.13-21, 1997

日本人の海外出国者は年間1, 500万人を越え, 遅ればせながらさまざまな障害を持つ人たちが海外旅行に出かけるようになってきたが, 精神障害者の海外渡航については, 当事者にとっての弊害についての報告が多い。著者は, 1996年5月12日から22日まで, やどかりの里やどかり研修センターが企画した海外旅行 (「メンバー交歓会, 於ロサンゼルス」) に精神障害に罹患しデイケアなどに通所中の6名の参加者とともに参加した。旅行中, 現地の患者団体である「プロジェクトリターン・ザネクストステップ」などの支援を受けて, 当事者の集会への参加, 4日間の船上キャンプ, 当事者宅へのホームステイなどを行い, 現地の当事者や専門家と交流を深めた。旅行期間中, 日本の当事者は不安や緊張に対して各自のコーピングスタイルを駆使して対処し, 随所に優れた生活技能を発揮した。最後まで大過なく, また, 帰国後も病状が悪化した人はおらず, 各自が旅行の体験に力を得て回復の道を歩んでいるように見えた。またこの旅行を通じて, 専門家として当事者の力を信じること, 傍らにいて当事者の援助のニーズに即応することの大切さが実感された。<BR>以上の結果を踏まえ, 海外旅行におけるノーマライゼーションの体験が, 長期的に見て精神疾患からの回復の一契機を提供する可能性を示唆した。さらに, 今回の海外旅行が, 当事者の力を信じること, 専門家はパートナーとして接すこと, 広く社会の抑圧に対抗する力を生み出していくこと, を目指して行われるエンパワーメント・アプローチの一事例であると位置づけ, 精神疾患に罹患した当事者が海外旅行に出かけることの意義について述べた。