著者
矢島 宏紀
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成23年度も、図書を購入して前年度に引き続き研究動向の整理に努めた。その結果、アメリカ独立革命史研究においてこれまで相対的に低い関心しか寄せられてこなかった先住民や独立反対派(ロイヤリスト)に着目した研究が昨今多数現れていることが分かった。ロイヤリストや英国国教会にも関わる大西洋史の文脈でも最新の研究が多数見られ、私の研究テーマがアメリカにおける研究動向と乖離していないことが確認できた。昨年以来、南部におけるアメリカ主教派遣問題を中心としたアメリカ植民地と英国国教会の関係を探る論文の執筆を目標としていた。これについては手稿吏料の収集および解読が困難を極めることもあり、残念ながら平成23年度内に成果を発表することは叶わなかった。南部植民地における宗教に着目した研究が本邦において寡少である現状にあって本研究は完成すれば日本の初期アメリカ研究に一定の貢献ができると思われるため、今後も継続していく予定である。以上のように英国国教会と本国との関係を探る研究は未だ途中であるが、修士論文で注目したジョナサン・バウチャーという人物の伝記的考察を『東京大学アメリカ太平洋研究』12号に掲載した。これは一人物の分析を通じて独立革命当時の南部植民地における政治社会の実相に迫ることを意図したものである。バウチャーは革命期アメリカにおいて最も保守的な人物とされてきたが、彼のアメリカ植民地における軌跡を丹念に追ったところ、反動的とまでは言えないことが分かった。こうしたバウチャーが結果的に亡命を余儀なくされたのは、愛国派による詭弁的論難や暴力を伴う迫害を受けたことによる。ただし、彼は教会統治論上明らかに保守的であり、愛国派とは思想的に対立する要素を本来的に有していたとも言える。一方、愛国派の教会観も一枚岩的ではなかった。上で挙げた本国国教会の動向と合わせて、革命期アメリカの複雑な宗教状況を今後も考察していくつもりである。