著者
板垣 昭宏 山本 泰三 豊田 和典 矢上 健二 関口 成城 榊 佳美 石井 さやか 山口 茜 福山 勝彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100847, 2013

【はじめに、目的】上腕骨小頭と橈骨頭で構成される腕橈関節は,上腕骨小頭との適合性を高めるため,橈骨関節面は凹型の構造となっている.構造的な特徴から,肘関節伸展時に上腕骨小頭に対して,橈骨頭は後方へ滑るとされている.Gotoらは,肘関節運動時の腕橈関節における関節面接触に関する研究において,上腕骨小頭関節面は肘関節屈曲135°に比べ90°,0°では後方での接触になり,橈骨関節面は肘屈曲135°では前方での接触,屈曲90°,0°では全体での接触になると報告している.しかし,超音波画像診断装置を用いて,肘関節伸展時の腕橈関節を評価した報告は少ない.我々は,超音波画像診断装置を用いて,肘関節伸展時の橈骨頭の後方への移動量について検討したので報告する.【方法】対象は神経学的および整形外科疾患の既往の無い健常女性10名10肘で,測定肢はすべて左肘とした.対象者の平均年齢は24.2±1.6歳,平均身長は156.4±2.9cm,平均体重は48.9±3.1kgであった.測定肢位は背臥位とし,被験者の右上肢で測定側上腕近位部を把持させ,肩関節内外旋0°の位置で固定した.計測する角度は,前腕回内外中間位で肘関節伸展-20°,-15°,-10°,-5°,0°,5°とし,ゴニオメータにて設定した.上腕骨小頭に対する橈骨頭の後方への移動を,超音波画像診断装置(東芝社製famioSSA-530A 12MHzリニア式プローブ)を使用し,腕橈関節前面からの長軸像を計測した.プローブ操作は,短軸像での上腕骨小頭頂点を描写し,上腕骨小頭頂点を軸に90°プローブを回転させて,腕橈関節長軸像を描写した.腕橈関節長軸像から内蔵デジタルメジャーのパラレル計測を用いて,矢状面での上腕骨小頭頂点を通る線と,その線に対し橈骨頭前縁を通る平行な線の二つの線の間の距離を腕橈関節前後距離(以下,腕橈関節前後距離とする)として計測した.腕橈関節前後距離は,上腕骨小頭に対する橈骨頭の後方への移動量を正の値として算出した.各角度における腕橈関節前後距離を3回計測し,平均値を測定値とした.なお測定はすべて同一検者により実施し,プローブを皮膚に対して直角にあて過度な圧をかけないように注意しながら行った.各角度間における腕橈関節前後距離を,一元配置分散分析にて比較し,有意差のみられたものにTukeyの多重比較検定を行った.統計処理には統計ソフトSPSSを使用し,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】実験に先立ち,対象者には研究内容について十分に説明し同意を得た.【結果】腕橈関節前後距離の平均値は,肘関節伸展-20°で0.93±0.7mm,-15°で1.90±0.78mm,-10°で2.7±0.60mm,-5°で3.32±0.69mm,0°で3.92±0.74mm,5°で3.98±0.82mmであった.肘関節伸展-20°では,-10°以上の各角度との間に,肘関節-15°では,-5°以上の各角度との間に,肘関節-10°では,-20°および,0°,5°との間に有意差があったが(P<0.05),肘関節伸展-5°,0°,5°の各角度間には有意差はなかった.【考察】今回の結果において,肘関節-5°,0°,5°の間での腕橈関節前後距離に有意差はなかったことから,肘関節屈曲位から伸展する際に,上腕骨小頭に対して橈骨頭は後方へ移動するものの,肘関節最終伸展域では橈骨頭は後方への移動はしていない,または少ない可能性が示唆された.腕橈関節の特徴として,上腕骨小頭の関節面は上腕骨長軸に対し,矢状面で前方に約30°傾いており,さらに関節軟骨は前方のみに限局していることから,肘関節最終伸展域では,橈骨頭は上腕骨小頭関節面に対し狭い関節面で適合しなければならない構造となっている.肘関節伸展可動域を改善するためには,上腕骨小頭に対して,橈骨頭が後方に移動できるよう周囲の軟部組織の柔軟性を確保するとともに,最終伸展域では橈骨頭を後方へ移動させるのではなく,上腕骨小頭関節面に適合させるような誘導をする必要性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】肘関節伸展可動域を拡大させるためには,腕橈関節に対する評価や運動療法を実施する意義があると考える.腕橈関節の可動性を引き出すためには,上腕骨小頭に対して橈骨頭の後方への移動が必要であり、肘関節最終伸展域では上腕骨小頭関節面に橈骨頭を適合させる必要があると考える.