著者
穂積 謙吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.160-175, 2021 (Released:2021-05-15)
参考文献数
32
被引用文献数
2

本研究は,愛媛県宇和島市宇和島地区の養殖業者における出荷対応の実態を,ブランド品の生産ならびに中間流通業者との取引関係に注目して解明し,一連の対応を可能とする要因を考察した.ブランド品は事業収入の安定化を目的に,労働力規模が大きい一部の養殖業者により生産されていた.ただし,宇和島地区においてブランド品は副次的であり,大多数の養殖業者は負担が軽いノンブランド品に特化していた.安定的な価格よりも経営上の負担軽減を優先する出荷対応は,ノンブランド品の流通形態である市場流通を中間流通業者が重視しているため可能になっていると考えられる.ノンブランド品を生産する養殖業者は,取引を行う中間流通業者の数を選択し,取引により得られた情報を経営に活用していた.これらの対応は,出荷先の中間流通業者を問わず一律であるノンブランド品の出荷価格や,中間流通業者との相互依存性により可能になっていると考えられる.
著者
穂積 謙吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.131, 2020 (Released:2020-12-01)

水産物の安定供給に向け養殖業への期待が高まる中、全国的な養殖生産は縮小傾向にある。しかし一部地域では養殖生産が活発であり、そこでは養殖業者による何らかの特徴的な経営戦略が講じられていると考えられる。 養殖業者の経営戦略について従来の地理学では、養殖業者すなわち生産主体にのみ焦点を当てられてきた(前田2018など)。これに対して、生産主体の動向を流通主体と関連付けて分析する必要性が指摘されている(林2013など)。実際に漁業経済学では、養殖魚を産地で一括集荷し、消費地へと一括出荷する中間流通業者の重要性や、養殖業者と中間流通業者の間の密接な取引関係に注目されている(濱田2003など)。 そこで本研究では、養殖業の主要産地である愛媛県宇和島市のうち宇和島地区を事例に、中間流通業者との取引関係から見た養殖業者の経営戦略を明らかにした。本研究の遂行に際しては、宇和島地区で活動を行う中間流通業者6社および養殖業者16経営体に対してのヒアリング調査を2019年8月〜10月に実施した。 宇和島地区においては、中間流通業者10数社および養殖業者31経営体が活動を行っている。宇和島地区のみならず宇和島市における中間流通業者の基本的な役割は、養殖業者に餌料を販売するとともに、その見返りとして養殖業者の生産した養殖魚を買い取り、主に卸売市場へ出荷することである。また、自社の販売するブランド品の生産(以下、業者ブランド品)を、特定の養殖業者に委託する中間流通業者も見られる(竹ノ内2011など)。 ヒアリング調査の結果、以下の3つの生産・出荷の形態が確認された。 第一に、市場流通で取り扱われる養殖魚を生産し、餌料購入先の中間流通業者に対して出荷する形態である。市場流通向けの養殖魚の買取価格は不安定な市況動向を受け日々変動するため、養殖業者においては事業収入を増加させるための戦略が取られている。具体的には、取引関係のある中間流通業者より市場での養殖魚の売れ行きに関する情報を取得し、それを踏まえた生産・出荷調整を行う養殖業者が見られた。また、中間流通業者と買取価格に関する交渉を行い、養殖魚の供給が不足している場合には市況より高値で養殖魚を販売する養殖業者も見られた。 第二に、中間流通業者による委託を受け業者ブランド品を生産する形態である。中間流通業者より一定の評価を受けた養殖業者は業者ブランド品の生産を委託されているが、業者ブランド品は市場外流通で取り扱われるため、買取価格は市況動向の影響を受けず一定である。従って業者ブランド品の生産により、安定した事業収入を確保できる。 第三に、養殖業者自身で商品開発と販路開拓を行った独自ブランド品を生産する形態である。業者ブランド品と同様に市場外流通で取り扱われる独自ブランド品も価格が一定であるため、独自ブランド品の生産により事業収入の安定化が可能となる。なお、独自ブランド品の生産に際しては自社製造もしくは独自に仕入れた餌料を使用しており、中間流通業者より餌料を殆ど購入していないため、この形態においては中間流通業者との関係性は希薄である。 各々の養殖業者における3つの生産・出荷形態の選択および組み合わせと、養殖業者の労働力規模との間には関連性が確認された。具体的には、市場流通向けの養殖魚のみを生産しているのは12経営体、独自ブランド品も生産しつつも市場流通向けの養殖魚を中心に生産しているのは1経営体である。これらの養殖業者の多くは従業者数が2〜4名と比較的小規模である。そのため、厳格な品質管理や通年の出荷など多大な負担を要するブランド品の生産には消極的であり、生産の負担が比較的少ないものの買取価格が不安定な市場流通向けの養殖魚に特化するとともに、その中で事業収入を高めようとする動きが見られた。一方、他の3経営体は業者ブランド品もしくは独自ブランド品を中心に生産している。これらの養殖業者は、従業者数が5〜10名と比較的大規模であり、品質管理や通年出荷への労働力配分が可能となっている。そこで事業収入の安定化を図るべく、負担は大きいものの価格が安定するブランド品を生産していた。 このように宇和島地区の養殖業者は、自らの経営資源に合わせながら、中間流通業者との取引関係を活用して事業収入を増大もしくは安定化させ、不安定な市況動向への対応を図っていると考えられる。竹ノ内徳人2011.産地流通業者による養殖マダイ価値創造に向けた取り組み.地域漁業研究51(3):67-84.濱田英嗣2003.『ブリ類養殖の産業組織 - 日本型養殖の展望』成山堂書店.林紀代美2013.水産物流通研究における研究動向と今後の課題.金沢大学人間科学系研究紀要5:1-34.前田竜孝2018.愛知県西尾市一色町における養鰻生産者の関係性とその変化.人文地理70(1):73-92.