著者
章 霖
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.129, no.9, pp.39-64, 2020 (Released:2021-09-20)

第一次世界大戦以後における国際協調の機運や平和的思潮は、海軍にも大きな影響を与えた。特に一九二二年のワシントン海軍軍縮条約の締結はその顕著な例であろう。こうした時期において、海軍は如何なる広報活動を行って、地域社会との関係を構築しようと試みたのか。この問題については、近年の先行研究では海軍当局による宣伝活動のほか、特に軍港という空間に着目して、海軍と地域社会・民衆との関係性を問う社会史・地域史的研究が蓄積されつつある。 そこで、本稿では軍港ではなく、関東州へ巡航する艦隊に着目し、巡航中の海軍と寄港地の状況、両者の相互関係を検討することで、大正期における海軍の平時行動の実態を明らかにするとともに、海外租借地である関東州との関係を考察し、海軍と地域社会との関係の新たな一側面を明らかにすることを試みた。 第一章では、海軍の演習、訓練などの平時の艦隊行動を整理し、こうした艦隊行動の一環としての巡航計画の立案過程と巡航中の寄港地状況を分析する。第二章では、関東州の現地状況を整理し、艦隊が関東州に寄港する状況を日本国内の寄港地と比較しつつ、関東州の特徴を考察する。これにより、関東州巡航における最大の特徴だった、大規模な艦隊便乗見学の仕組みを明らかにする。第三章では、一・二章の考察を踏まえて、関東州在住の日本居留民と中国人双方の艦隊に対する感情の相違を、現地発行の中国語新聞などを用いて分析し、関東州巡航が海軍と地方側にもたらす結果を検討する。 以上の考察を踏まえて、関東州巡航は、海軍が国内外の情勢変化に対応すべく、艦隊の平時の艦隊行動を変化させた結果であるとともに、現地中国人への「外交」的意図も含意したものだったことが浮き彫りとなる。