著者
緒方 知美
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

1)平安時代に制作された紺紙金字経典((2)〜(5)、(7)〜(9))、および料紙装飾経典((1)(6))の調査を行った。東京・浅草寺本法華経并開結(11世紀)、(2)中尊寺交書一切経のうち賢劫経巻第十一・阿毘曇心経巻第二(3)神護寺一切経のうち諸法最上王経(4)伝藤原頼通筆無量義経断簡(11世紀)((2)〜(4)は兵庫・黒川古文化研究所所蔵)、(5)兵庫県歴史博物館保管中尊寺交書一切経のうち大般若経巻第二百九十八、(6)和泉市久保惣記念美術館本法華経方便品第二、(7)山口・遍明院本法華経、(8)静岡・妙立寺本藤原基衡発願法華経并開結(保延4年)、(9)福島・松山寺本紺紙金字法華経。(特に表記のない作品は12世紀)2)中国の蘇州・瑞光寺塔発見紺紙金字法華経に関する実地見学・資料収集を行なった。3)平安時代の紺紙金字経典制作に関する文献記録を収集した。作品調査の結果、(1)や(6)の料紙装飾経では、遠視点による細密画風という特殊描法が共通し、それ以外の紺紙金字経とは明らかに異なる系譜にあり、作者も別系統のものを推定すべきであること、本文書体は、11世紀((1)(4))の温雅なものから12世紀の扁平な典型的写経体へと変化すること、紺紙金字経典見返し絵の絵画様式としての完成期が12世紀にあること、が確認された。調査によって明らかとなった、書体と見返し絵の様式展開の並行現象、材質・技法上の共通性、そして当時の記録から考察して、書写をおこなう筆者と見返し絵や表紙絵を描く画家は別個の存在ではなく、経典制作を専門的に行う僧侶として共に活動し、院政期に僧綱位を与えられ社会的地位を確立される「経師」集団の一員として、作善業としての経典書写に自主的な意識をも持って参加していたという仮説を導いた。作者の自主的参与を可能にする経典制作環境が、平安時代の経絵様式の成立を導いた原因となったと結論した。