著者
若林 宏輔 渕野 貴生 サトウ タツヤ
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.87-97, 2014 (Released:2017-06-02)

日本には、表現の自由を守る観点から刑事事件報道に対する規制はない。渕野(2007)は、日本の公判前報道(Pre-trial Publicity)の幾つかの内容が被告人に対する予断・偏見を作り、刑事裁判の公正性を阻害している可能性を指摘している。一方で、法務省(2009)は、報道規制の代わりに、裁判官の説示(Judicial Instruction: JI)によって市民は証拠能力のない情報を無視することができるとしている。本研究は、問題が指摘されている刑事事件報道と、それを無視するように促す裁判官の説示の効果の関係について調べた。本研究では、比較のために2つのタイプのJIが準備された。一つ目の説示は、証拠能力のない情報を無視する上での証拠法に関する説明が含まれていた(理論的根拠を含む説示)。そして、二つ目の説示ではこれらの説明を含まずに、これらの情報を無視することだけが指示された(公判のみ参照説示)。実験1では、渕野(2007)が問題ある報道と指摘している2種類-自白・前科情報を含む報道を用いて検討した。結果、いずれの裁判官の説示にも、報道によって得られた証拠能力のない自白の情報を無視させる効果はなかった。さらに実験2では、新聞報道に特有な表現方法の効果と説示の種類の効果について調べた。この時、理論的根拠を含む説示は裁判員を無罪の判断に導いた。これらの結果を踏まえ、刑事事件報道の在り方について議論した。