著者
山内 博 網中 雅仁 荒井 二三夫 吉田 勝美 中井 泉 斉藤 秀
出版者
聖マリアンナ医科大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

本研究は、急性や慢性砒素中毒患者の妊婦が高濃度な無機砒素を摂取した場合、胎児の脳中枢神経障害は発生するか否かについて、動物実験モデルを用いて解明を試みた。妊娠ラット(妊娠17日目)に投与した三酸化二砒素量はLD_<50>の1/4(三酸化二砒素として、8.5mg/kg)である。三酸化二砒素投与後、12、24、48時間目にラットを屠殺し、脳中の砒素を化学形態別に測定、そして、組織診断(タネル法でのアポトーシス細胞診断)を行った。他方、自然出産させた群(生後5週齢)を用いて、自発行動量(Animex)と7項目(潜伏時間、歩行量、立ち上がり回数、毛繕い回数、洗顔回数、脱糞回数、排尿回数)のOpen-field testを実施した。脳血液関門が未成熟な段階において、胎仔の脳へ三酸化二砒素もしくはその最終代謝産物であるジメチル化砒素(DMA)が増加し、脳細胞は損傷を受けた現象が観察された(アポトーシス細胞;12時間目が最も発生し、時間の経過と共に減少傾向)。この作用は母獣では認められず胎仔のみであった。脳細胞への損傷は三酸化二砒素によるものか、それとも代謝物であるDMAによる作用であるか、新たな研究の必要性が提起された。行動学(Open-field test)の7項目の結果は、三酸化二砒素投与群と対照群の二群間を比較すると、歩行量と潜伏時間に二群間で有意差が認められた。立ち上がり回数、毛繕い回数、洗顔回数、脱糞回数、排尿回数に関しては、二群間で差が見られなかった。しかし、三酸化二砒素投与群の雌では立ち上がり回数の減少、毛繕い回数の増加がそれぞれ統計学的に有意差が認められた。自発行動量の結果は、三酸化二砒素投与群と対照群の休眠期の活動に差は認められなかった。しかし、活動期では三酸化二砒素投与群は午前4:00〜午前8:00の時間帯での活動量の減少を認めた(t-testとANOVA)。今日、飲料水の無機砒素汚染からの高濃度な無機砒素暴露者は世界的な規模では約1300万人存在し、妊婦、胎児や乳児への暴露が存在している。また、急性砒素中毒患者の妊婦から生まれて来た赤ん坊も存在している。本研究において、胎児期の砒素暴露による脳障害の発生は、組織診断と行動学的な検査結果において示唆され、今後、この分野の研究は十分に発展させる必要性があると考えた。