著者
菅原 太
出版者
人間環境大学
雑誌
(ISSN:1348124X)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.53-87, 2003-03-20

アンコール・ワットの壁面には、約2千体の女神像(デヴァター)が浮き彫りされていたという。通常、宗教美術の場合、同じ神格ならばそれが何体造られていたとしても、それらは全て共通の図像と表現様式をそなえているが、アンコール・ワットでは、これらの彫像の膨大な教と、寺院の広大な境内、その造築に費やされた年月、さらには、壁面彫刻に携わった彫工達の個性や表現欲求がその表現を変容させ、逸脱と多様化へと向かわせているようである。本稿では、女神像の彫られたアンコール・ワットの壁面の中から逸脱と多様化の顕著な例を取り上げ、統一された厳格な様式から彫工達の個性表現、洗練された公的表現から、より作者個人の潜在的欲望を露にしたプリミティヴなものへというように、創作エネルギーを保持しつつも変質し、多様化してゆく浮彫り像を、日本及びアジアの社寺からのいくつかの例との比較を交え、さらには現代日本文化とも照らし合わせながら見てゆく。