著者
菊池 美由紀
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.107, pp.27-47, 2020-11-30 (Released:2022-06-20)
参考文献数
20

本稿の目的は,学生の多様化と専門外の教育への対応という二重の困難に直面した大学教員の授業実践を,教員のストラテジー研究の枠組みを用いて分析することである。そのために,ボーダーフリー大学(BF大学)のキャリア科目を対象とするフィールドワークを行った。分析の結果,博士課程を経て学術的専門性を修得したアカデミック教員は,「就職技法教育」「ユーモアを使った婉曲的な注意」「罰則の伴わない事前契約」「専門性の取り込み」によって困難に対応していた。後者2つには,授業成立や逸脱行為の抑制に対して顕著な効果はなかった。にもかからず,これらの対応が用いられた背景には,学生を自立した成人とみなし,専門性に基づく授業を行うことで,大学らしい教育を実現しようとする教員の意図があった。他方,このような対応は博士経験を経ていない実務家教員には見られないものであった。 本稿では,このようなBF大学のアカデミック教員に特有の,従来型の学生観と大学教員観に基づくストラテジーを「スカラリー・ストラテジー」と名付けた。このストラテジーは,学生観や大学教員観が急速に変化するなかで,葛藤を抱えながらも従来型の「大学らしい理想の教育」を維持しようとする試みである。しかし,このストラテジーを用いても,逸脱行為の抑制に対する顕著な効果はない。ここに,従来型の学生観や大学教員観が成り立たない状況下にある今日の大学教員の苦悩がある。