著者
萩原 早保 早田 典央 久米 愛美 水谷 真康 若山 浩子 多田 智美 中 徹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ba0963, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 異常筋緊張を伴う脳性まひ児・者(以下CP)は、呼吸機能に問題を抱える場合も多く、呼吸筋や胸郭の運動性を保障するための姿勢選択が必要となる。これまで重症児では伏臥位が推奨されているが、呼吸運動の側面からの研究は少ない。そこで我々は主要な呼吸筋である横隔膜に着目し、先に健常成人の測定結果を第45回日本理学療法学術大会で報告した。今回はそれを発展させ、CPの横隔膜の動きについて姿勢や重症度、運動能力との関連性を明らかにする目的で調査を行った。【方法】 対象は30人のCPで、身長143.0±16.3cm、体重33.0±15.5kg、年齢17.6±4.52歳、男:女=23:7名、痙直型:アテトーゼ型=19:11名、四肢麻痺:両麻痺=22:8名、Gross Motor Function Classification System(以下GMFCS)1: 2: 3: 4: 5=5:3:1:7:14名であった。仰臥位、左下側臥位、伏臥位、右下側臥位、座位で安静呼吸時の右横隔膜移動距離(以下DD)を、超音波診断装置(Medison社製Pico)にて、4.5MHz Convex型Probeによる肋弓下走査法にて横隔膜を同定してMモードでDDを三回測定し、平均値を基礎データとした。運動能力指標としてPediatric Evaluation of Disability Inventory(以下、PEDI)・Gross Motor Function Measure(以下GMFM)を、形態的指標として胸郭変形・側弯・股関節脱臼・Wind-Swept Deformityの有無を調査した。統計処理はMan-Whitney検定、Friedman検定と Scheffe多重比較、Spearman順位相関を用いて行い、有意水準5%で検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 倫理審査委員会の承認の下、対象者と保護者には十分な説明を行い、文書による同意を得た。【結果】 対象者全員では姿勢によるDDの差は無かったが、GMFCS1~3(9名)および4~5(21名)ごとに姿勢によるDDの差を比較すると、GMFCS1~3では差が無かったがGMFCS4~5のDDは右下側臥位が左下側臥に比べて大きかった(p<0.05)。また、姿勢別のDD (mm)をGMFCS1~3・4~5の順で示すと、仰臥位12.9±4.2・14.1±5.0、左下側臥位13.3±4.6・12.4±5.0、伏臥位10.5±3.8・16.3±4.5、右下側臥位12.5±4.8・15.2±4.7、座位12.2±4.5・14.6±3.3であり、伏臥位にて1~3より4~5でDDが大きかった(p<0.01)。Wind Swept Deformity、股関節脱臼の有無でDDに差はなかったが、側弯と胸郭扁平では伏臥位にて変形が無い方でDDが大きかった(順にp<0.05, p<0.01)。DDとの間にGMFCSが伏臥位で正の相関r=0.66を(p<0.01)、GMFM・PEDI (セルフケア・移動・社会的機能)が伏臥位で全て負の相関を認めた(順にr=-0.66・-0.67・-0.60・-0.60,全てp<0.01)。【考察】 GMFCS 4~5の重症児のDDにおいて右下側臥位が左下側臥位よりも大きかったが、右下側臥位は他の姿勢と差が無いため、左下側臥位でのDDが他の姿勢に比して小さい傾向にあると考えられる。重症児では体幹筋の支持性が不十分であり、左下側臥位では重力により左方向に流れるように偏倚した肝臓に引かれて右横隔膜の位置が低位化することが考えられる。加えて、重症児故の胸郭可動性の低さや呼吸筋力の弱さも相まって、結果としてDDが少なくなると考えられる。また、GMFCS4~5の児では伏臥位のDDがGMFCS1~3より大きかったが、過去に測定した健常成人男性の安静呼吸時のDDでは姿勢による差が殆ど無く15~20mmであり、GMFCS4~5の伏臥位のDDの平均値16mmはCP全対象者の中では最大である点から、重症児での伏臥位は努力性の呼吸となっている可能性が推察できる。しかし、文献が示す推奨から伏臥位が横隔膜の動きを引き出す姿勢であることも否定できない。側弯や胸郭変形があると伏臥位のDDが小さくなることは、伏臥位で胸郭前面が床に設置する、脊柱のアライメントが床に対して凹面となることから通常でも生じる胸郭・腹部の運動制限が脊柱や胸郭の変形により助長された結果であると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 重症CPの呼吸管理には姿勢や胸郭・脊柱可動性への配慮が必要であるが、伏臥位は横隔膜運動を引きだすと同時に努力性呼吸を誘発する可能性も考えられ、より慎重な姿勢選択やその検討が今後必要であることを示唆した点で意義深い。
著者
萩原 早保 岩瀬 吉法 齋藤 裕子 中島 隆文 半田 真大 山田 浩希 中 徹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.H4P3263, 2010

【目的】<BR> 重症心身障害児(者)の安全で合理的な呼吸援助は重要な課題である.その方法論の確立のためには,正常な胸郭の呼吸運動の実態把握が必要となる.今回,呼吸運動の実態を肋骨と横隔膜の動きの側面から明らかにすることを目的として,様々な姿勢における肋骨と横隔膜の動きについて,超音波診断装置を用いて調べたので,その結果を報告する.<BR><BR>【方法】<BR> 被験者は健常成人男性10人(身長170.0±5.41cm,体重62.1±5.38kg,年齢21.0±0.30歳)とした.仰臥位,座位,左下側臥位,右下側臥位,伏臥位の各姿勢にて,それぞれ安静および努力性呼吸を行い,肋骨と横隔膜の動きを同時に二台の超音波診断装置にて測定した.肋骨は右第2,3,7,8肋骨それぞれについて胸郭前部・側部・後部を,横隔膜は左右横隔膜について測定した.肋骨はリニアプローブにて胸郭上から,横隔膜はコンベックスプローブにて肋骨弓下から走査し,各々数回の呼吸の後に,吸気開始から5秒間測定した.<BR><BR>【説明と同意】<BR> 被験者には,測定の意義・内容について十分な説明を行い,同意を得た上で測定した.<BR><BR>【結果】<BR> 肋骨の動きは,胸郭前部では全ての姿勢において第2肋骨よりも第3肋骨の移動距離が長いが,胸郭側部では殆どの姿勢において第3肋骨よりも第2肋骨の移動距離が長い(努力性呼吸).胸郭側部の全姿勢および胸郭前部の殆どの姿勢において第8肋骨よりも第7肋骨の移動距離が長いが,胸郭後部では殆どの姿勢で第7肋骨より第8の移動距離が長い(努力性呼吸). 第7,8肋骨とも胸郭前面での移動距離は両側臥位が最も長く,仰臥位で最も短かった(努力性呼吸).第7肋骨の胸郭側面での肋骨移動距離は伏臥位・左下側臥位で長く,仰臥位で最も短い(努力性呼吸).安静呼吸では,第7肋骨の胸郭側部でのみ姿勢によって差があり,座位が最も長かった.<BR> 横隔膜の位置と動きは,両側臥位では横隔膜の収縮時・弛緩時の位置に左右差があり,下側の横隔膜が頭側に,上側の横隔膜が尾側に位置していた(安静・努力性呼吸とも).また,横隔膜の移動距離でみると,両側臥位においては上側に比べて下側の方が長かった(安静・努力性呼吸とも). しかし,仰臥位と座位では,横隔膜の収縮時・弛緩時の位置,移動距離ともに明確な左右差はなかった(安静・努力性呼吸とも).また,横隔膜の移動距離は仰臥位と側臥位において仰臥位と側臥位で良好であった(努力性呼吸).<BR>肋骨と横隔膜の移動距離の相関は,左下側臥位に多く見られ,右第2・3肋骨の胸郭後部および右第7・8肋骨の胸郭側部と右横隔膜の移動距離に正の相関がみられた(努力性呼吸).<BR><BR>【考察】<BR> 仰臥位における努力性呼吸での横隔膜の移動距離は50.5±14.9mmであり,Kantarciらの結果(2004)とほぼ一致している.測定方法の級内相関では,肋骨・横隔膜とも0.9レベルであり,今回の測定結果には妥当性と再現性があることを示している.<BR> 肋骨の動きの部位による差は,肋骨が背側部で関節を形成する弓状の形態であること,頭側では胸郭前部に鎖骨が位置し,尾側では胸郭前部・側部に腹筋群が位置していることによるものであると考えられる.姿勢による差は,接地面の変化により籠状の胸郭が代償的に応答して動くことによるものであると考えられる.<BR> 横隔膜の動きの姿勢による変化については,腹腔臓器,とりわけ横隔膜の右下に位置する肝臓の影響が考えられること,接地面の変化によって腹腔が代償的に応答して動くことによるものであると考えられる.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本測定結果は,「姿勢によって肋骨と横隔膜の動きは異なる様相を示す」ということを示唆したが,それらの臨床的意義は以下のようである.1.肋骨については,胸郭前部と胸郭側部では,呼吸援助の際の徒手操作の方向性に変化を与える必要がある.2.肋骨の動きは側臥位と伏臥位が比較的良好で,座位と仰臥位は前者と比べると動きは少ない.3.横隔膜については,横隔膜移動距離が良好な姿勢は両側臥位もしくは仰臥位であり,座位は前者と比べると少ない.4.肋骨と横隔膜の運動性を考慮すると,側臥位は呼吸にとってベターな姿勢である.5.左下側臥位では,右肋骨の動きから右横隔膜の動きが,腹部の動きから右肋骨の動きが推定出来る.これらは重症心身障害児(者)をはじめとする各種呼吸器疾患患者に対する,より安全で合理的な呼吸援助方法の実施にとって意義があると考える.