著者
横浜 康継 蔵本 武照
出版者
筑波大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994

イセエビ(Panulirus japonicus)とウミザリガニ(Homarus americanus)を用い、それぞれ、個体の酸素消費(呼吸=代謝)速度を差働式検容計と酸素電極法とを併用して観測し、代謝速度と温度との関係を調べた。その結果、ともに、体温の低下に抗して代謝速度が維持あるいは促進される温度域があり、ウミザリガニでは5-13℃であるのに対し、イセエビでは13-20℃であることが明らかとなった。イセエビは15℃以上の暖流域に棲み、ウミザリガニは15℃以下の寒流域に棲んでいる。それ故、この棲息地の環境温度が代謝促進のある温度域と関連しているものと考えられた。囲心腔ホルモンの1成分のセロトニンにより、心筋や腹部緊張筋の酸素消費速度が大きく増大した。それ故、セロトニンが囲心腔器官などから分泌されて、体内に存在していれば、少なくとも筋組織は、体温低下に抗して代謝速度を維持または促進しうることが示唆された。一方、他の囲心腔ホルモン成分のオクトパミンやプロクトリンは筋膜の興奮度を高めた。温度低下に伴い、筋の興奮-収縮連関の効率が落ち、収縮の強度は減少するが、オクトパミンやプロクトリンが存在すれば、膜の興奮度がより高まる結果、興奮-収縮連関の効率の低下が補正されることになる。従って、体温低下に伴う筋収縮度の低下は、囲心腔器官からオクトパミンやプロクトリンが分泌されることにより、防げると考えられた。蔵本らは、イセエビで、5度程度の体温低下に伴い囲心腔器官からセロトニンやオクトパミンが分泌されることを実証している(Biol.Bull.,86,319-327,1994)。かくして、エビ生体内においては、環境温度の低下に伴う体温の低下で、筋の代謝速度が下がらないだけでなく、筋の収縮力も落ちないことが解明できた。低温の酸欠下で、10数分間に渡り心拍が維持される現象が見つかった。この酸欠状態での代謝調節機構は不明で、今後の研究課題である。しかし、面白いことに、イセエビは、腹部の屈伸運動による特異な後方遊泳により、15分で3km位は移動できるので、低温の酸欠水塊に遭遇しても、この悪環境から逃避しうることが示唆された。