著者
林 隆之 藤光 智香 秦 佑輔 中渡瀬 秀一 安藤 二香
出版者
政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター (SciREX センター)
雑誌
SciREX ワーキングペーパー = SciREX Working Paper
巻号頁・発行日
no.SciREX-WP-2021-#02, 2021-06

研究成果の測定は、資金配分や組織の戦略策定など様々な目的のもとで行われる。研究成果の測定において留意しなければならない点は、全ての研究分野に適応可能な一律の指標群は存在しないにもかかわらず、限られた数の指標が使われやすく、それによって、組織や研究者の行為に望まれない影響が生じることである。本ワーキングペーパーは、大学等の組織を単位とした研究測定における多様な研究成果指標に関する課題について、主に人文・社会科学に焦点を置きながら検討する。 最近の日本における大学等への「業績に基づく資金配分」の文脈の中では、比較可能な少数の標準的な指標を設定し測定することが求められる。しかし、学術界からは、多様な研究活動を奨励するために、できるだけ多種多様な研究成果を認識する重要さが指摘され、それらは比較可能な形で集計することが難しい。そのために議論のすれ違いが生じやすい。このような「多様性」と比較可能な「標準性」とを両立させることが現実の制度設計において課題となる。この関係に対して、指標中心の評価の仕組みと、ピアレビューの中で指標を活用する評価の仕組みとでは対応の仕方が異なる。海外の状況を分析した結果、少数の指標中心の仕組みとしては、ノルウェーモデルと呼ばれるような、英語ジャーナル論文以外も含めて広く定義した「学術出版物」を計測する方法がとられている。そこでは、国内データベースの整備、学術コミュニティによる「学術出版物」の定義と学術出版チャネルリストの作成、測定による影響のモニタリングの仕組みが必要となっている。他方、ピアレビュー中心の仕組みでは、研究の定義を広く設定するとともに、分野ごとに多様な成果の例示を評価機関等が作成し、定義や記載内容を共通化していくことが必要となっている。 日本でこのような取組を実施しうる可能性について、歴史学と経営学を対象に、大学評価への提出業績、科学研究費補助事業の成果について分析を行い、英国のREF2014での成果と比較した。結果、日本では研究成果の多様性が英国より高く、ジャーナルや出版社を「学術出版物」として区分するよりは、幅広いオーディエンスを対象とする成果発表を行っている傾向があり、海外のように定義した「学術成果物」の測定をそのまま用いることは現状では難しいことが示唆された。また、補足的に、国際的にも経験が十分に蓄積されていない、研究成果の学術面を超える社会的インパクト測定においても同様に、その多様性と標準化について、一般的論点と人文・社会科学に特有の論点があることを示した。 少数の指標を中心とした評価とピアレビューを中心とした評価の双方の仕組みにおいて、多様性と標準化を追求するためには複数の留意点があり、今後は、測定のみならず人文・社会科学研究の価値についての根本的議論も含めて、大学やアカデミーなどの関係者が協議することが期待される。さらに、今後、社会変革を促進するための人文・社会科学を含めた「総合知」が求められるなかで、その評価のあり方については、こうした論点も踏まえた検討が必要となる。