- 著者
-
袁 嘉孜
- 出版者
- 北海道大学文学研究科
- 雑誌
- 北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
- 巻号頁・発行日
- no.18, pp.31-50, 2018
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では,見てわかるように,「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つのタイトルの物語が並行して展開されている。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』をはじめ,それ以降の村上春樹の小説には,「パラレル・ワールド」構造が著しいと言われている。ところが,「世界の終り」世界と「ハードボイルド・ワンダーランド」世界は,「パラレル・ワールド」ではなく,「異世界」であると主張する。
「ハードボイルド・ワンダーランド」世界では,「私」と「孫娘」の二人が車に乗って,〈地上空間〉を走ったら博士のオフィスに着く。そして、地下にある〈研究室〉,すわなち〈内部〉に到達し,さらに地下の方に潜んでいる〈やみくろたちの聖域〉も含む〈内部の内部〉へ下りて行くのである。こうして考えれば,「ハードボイルド・ワンダーランド」世界における複数の空間は入れ子構造になっている。入れ子構造となっている「ハードボイルド・ワンダーランド」世界において垂直的な位相が顕著なのに対して,「世界の終り」世界「世界の終り」世界は,「ハードボイルド・ワンダーランド」世界の「再生」として開いた空間として、何かの欠落が生じたためにより平面的構造となっている。もしそれが真であれば,この意味で,「世界の終り」世界における「影」の〈脱出〉にも,何かの欠落が生じたために果たされないとしか考えられない。
本研究は,時間の視点に着眼し,第三回路の起動によって始まる二つの物語の関わりを考察したうえで,「私」と「僕」の行動や移動によって広がっていく二つの世界の空間構成を明らかにする。それに加えて,第三回路の人工性に着眼し,「私」の成長物語としてではなく,村上春樹の長編小説における個とシステムの対置を元に,本作について再考する。