著者
西住 祐亮 Yusuke NISHIZUMI
雑誌
清泉女子大学人文科学研究所紀要 = BULLETIN OF SEISEN UNIVERSITY RESEARCH INSTITUTE FOR CULTURAL SCIENCE (ISSN:09109234)
巻号頁・発行日
pp.121-136, 2022-03-31

海外における性的少数者の人権促進は、これまでアメリカ外交の主要争点ではなかった。しかし2010年代初頭から、こうした傾向に変化が生まれている。変化の主な理由は、国内状況の変容である。 性的少数者の人権問題は、国内政治レベルにおいては、これまでも党派対立の主要争点であった。民主党は、性的少数者の権利向上を唱えて続け、しかもこの問題に対する熱意を今なお強めている。対する共和党は、キリスト教的価値観や伝統的な性道徳を重視する立場で、民主党の打ち出す政策に異を唱えてきた。同性婚合法化の問題をはじめ、両党は様々な争点で対立を繰り広げた。 性的少数者の人権問題をめぐる民主党と共和党の対立は現在も続いている。しかし他方で、一定の変化も観察できる。2015年の画期的な連邦最高裁判決を受け、同性婚は50州全てで合法化された。また、2021年のギャラップ社の調査によると、共和党支持者の中でも、同性婚を支持する声が半数に及んだ。 こうした国内状況の変化を背景に、民主党は、外交の中でも、性的少数者の人権問題を精力的に取り上げるようになっている。オバマ大統領は、この問題を外交政策上の優先課題に引き上げ、関連省庁に対策を求める大統領覚書を発出した。こうした政策の多くは、次のトランプ政権によって破棄されたが、バイデン政権の発足で復活・強化されて、現在に至っている。 さらに連邦議会においては、民主党議員が、性的少数者の権利を侵害した海外の主体に制裁を課すことを規定する法案を提出したり、下院外交委員会が、性的少数者の人権問題に焦点を当てる公聴会を開催したりしている。共和党の側は、民主党のこうした動きに反発しているが、中には、民主党と足並みを揃えて、この問題に取り組む動きもある。 本稿では、比較的新しい現象であり、且つ先行研究も少ない、こうした「LGBT外交」の現状や課題について整理する。