- 著者
-
角 恵理
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 若手研究(B)
- 巻号頁・発行日
- 2005
コオロギのメスが、オスの歌に対して示す潜在的、前適応的な選好性の存在を明らかにすることを目的として、日本列島に分布するエンマコオロギ属3種のメスに対して音声プレイバック実験を行った。その結果、研究対象としているエンマコオロギ属3種のうち、エゾエンマコオロギのメスにおいて、近縁他種であるエンマコオロギやタイワンエンマコオロギのcourtship songに強くひきつけられるという反応が明らかになった。エゾエンマコオロギは、分子系統解析の結果、対象とする3種のうち最も分岐が古いと考えられる種である。したがって、派生的であると考えられるエンマコオロギ、タイワンエンマコオロギのcourtship songにひきつけられることは大変興味深い。エゾエンマコオロギとエンマコオロギは分布が重複しており、共存域での種間関係および聴覚システムの変化の動態を調べることにより、コオロギの歌の進化の考察に近づくことができると考えられる。courtship songはチャープ部分とトリル部分という2つの部分から構成される。エンマコオロギのcourtship songのチャープ部分には自種であるエンマコオロギのメスが、トリル部分にはエゾエンマコオロギのメスがひきつけられることが明らかになった。部分によってひきつけられ方が異なることは、これら2つの部分が独立に進化の選択圧を受けてきた可能性を示唆するものであろう。また、通常、自種の認識に重要とされるのはチャープ部分であり、付加的と考えられるトリル部分に他種であるエゾエンマコオロギがひきつけられることは、これらの種群でのメスの聴覚特性の進化および歌の進化を考える上で大変興味深い現象である。