著者
安部倉 完 竹門 康弘 野尻 浩彦 堀 道雄
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.83, 2004

「自然再生法」や「外来生物規制法」によって今後,外来生物除去や在来生物群集の復元事業が各地で行われると予想される.これらは,通常野外で実施困難な「特定種の除去実験」に見立てることができる.すなわち,事前・事後のモニタリング調査を有効に計画・実施することによって個体群生態学や群集生態学の課題解明に活かすことが期待できる.<br> 本研究では天然記念物である深泥池(約9ha)を野外実験のサイトに選んだ。深泥池には、低層湿原とミズゴケ類の高層湿原が発達し多数の稀少動植物が共存している。ところが、外来種の密放流により生物群集が激変したことが判ったため、1998年からブルーギルとオオクチバスの除去と生物群集調査を実施している.本研究の目的は、1)深泥池における外来魚侵入後の魚類群集の変化、2)1998年以後のブルーギル、オオクチバスの個体群抑制効果、3)外来魚の侵入直後、定着後、除去後の底生動物群集の変化を示すことである。深泥池では、1970年代後半にオオクチバスとブルーギルが放流された後、12種中7種の在来魚が絶滅した。1998年に約84個体いたオオクチバスは、除去により2001年には約37個体に減った。1999年に7477個体だったブルーギルは,2003年時点で4213個体とあまり減っていない.そこで,内田の個体群変動モデルを適用した結果,個体数の95%を除去し続ければ、最初5年間は減らないが、2004年以降減少すると予測された。<br> 底生動物群集では、ユスリカ科とミミズ類が1979年以後増加した。1979年に沈水植物群落に多く生息していたヤンマ科やフタバカゲロウは1994年には減少し,抽水植物群落に分布を変えた。イトトンボ科,モノサシトンボ科,チョウトンボ,ショウジョウトンボは2002年に増加した。毛翅目は1979年以降激減し種多様性も減少した。2002年にムネカクトビケラが増加したが種多様性は回復していない。野外条件における「特定種の除去実験」に際しては,他の人為影響の排除が望ましいが,保全のために必要な他の生態系操作との調整が今後の課題である.
著者
小林 豊
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.445, 2004

植物は、植食性節足動物に食害を受けると、しばしばSOSシグナルと呼ばれる揮発性物質を放出する。このSOSシグナルは、植食者の天敵を誘引し、天敵は植食者を退治する。つまり、SOSシグナルを介して、植物と天敵の間に互恵的関係が成り立っている。近年の研究から、未加害の植物がこのSOSシグナルにさらされると、自身もまたシグナル物質を放出するようになることが明らかになった。シグナル物質の生産に何らかのコストがかかるとすれば、このような形質の適応的意義はそれほど明らかではない。著者は、このようないわゆる「立ち聞き」の適応的意義について考察し、三つの仮説を立て、数理モデル化した。そのうち、第一の仮説「被食前駆除仮説」については、既に発表済みである。今回は、第二、第三の仮説について考察する。<br> 第二の仮説「被食前防御仮説」によれば、「立ち聞き」による二次的なシグナルは、前もって天敵を呼び寄せておくことにより、将来の食害の危険を軽減するための戦略である。著者は、ゲーム理論的なモデルを構築して、このような機能をもったシグナルが進化的に安定になる条件を調べた。<br> 一方、第三の仮説「血縁選択仮説」によれば、「立ち聞き」による二次シグナルは、近隣の血縁個体を助けることにより自身の包括適応度を上げるための戦略である。もし隣り合った個体が同時にシグナルを出すことによりシグナルの天敵誘引能を向上することができ、かつ隣り合った個体同士が互いに遺伝的に近縁ならば、このような戦略が進化しうるだろう。各格子がパッチになっているような格子状モデルを用いてこのような「立ち聞き」戦略が有利になる条件を調べた。<br> 本発表では、これらの数理モデルの結果を報告し、仮説間の関係についても議論する。
著者
若菜 勇 佐野 修 新井 章吾 羽生田 岳昭 副島 顕子 植田 邦彦 横浜 康継
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.517, 2004

淡水緑藻の一種マリモは,環境省のレッドデータブックで絶滅危惧I類に指定される絶滅危惧種で,日本では十数湖沼に分布しているといわれている。しかし,生育実態はその多くで明らかではなかったため,過去にマリモの生育が知られていた国内の湖沼のすべてで潜水調査を行い,生育状況と生育環境の現状を2000年に取りまとめた(第47回日本生態学会大会講演要旨集,p.241)。その中で,絶滅危惧リスクを評価する基準や方法について検討したが,新規に生育が確認された阿寒パンケ湖(北海道),西湖(山梨県),琵琶湖(滋賀県)ではマリモの生育に関する文献資料がなく,また調査も1度しか行うことができなかったため,個体群や生育環境の変化を過去のそれと比較しないまま評価せざるを得なかった。一方で2000年以降,阿寒ペンケ湖(北海道)ならびに小川原湖(青森県)でも新たにマリモの生育が確認されたことから,今回は,過去の生育状況に関する記録のないチミケップ湖を加えた6湖沼で複数回の調査を実施して,個体群や生育環境の継時的な変化を絶滅危惧リスクの評価に反映させるとともに,より客観的な評価ができるよう評価基準についても見直しを行った。その結果,マリモの生育面積や生育量が著しく減少している達古武沼(北海道)および左京沼・市柳沼・田面木沼(青森県)の危急度は極めて高いことが改めて示された。また、1970年代はじめから人工マリモの原料として浮遊性のマリモが採取されているシラルトロ湖(北海道)では,1990年代半ばに47-70tの現存量(湿重量)があったと推定された。同湖における年間採取量は2-2.5tで,これはこの推定現存量の3-5%に相当する。補償深度の推算結果から判断して,現在のシラルトロ湖における資源量の回復はほとんど期待できず,同湖においては採取圧が危急度を上昇させる主要因になっている実態が明らかになった。
著者
小林 万里
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.9, 2004

北方四島および周辺海域は第2次世界大戦後、日露間で領土問題の係争地域であったため、約半世紀にわたって研究者すら立ち入れない場所であった。査証(ビザ)なしで日露両国民がお互いを訪問する「ビザなし交流」の門戸が、1998年より各種専門家にも開かれたため、長年の課題であった調査が可能になった。<br>1999年から2003年の5年間に6回、北方四島の陸海の生態系について、「ビザなし専門家交流」の枠を用いて調査を行ってきた。その結果、択捉島では戦前に絶滅に瀕したラッコは個体数を回復しており、生態系の頂点に位置するシャチが生息し、中型マッコウクジラの索餌海域、ザトウクジラの北上ルートになっていること、また南半球で繁殖するミズナギドリ類の餌場としても重要であることも分かってきた。歯舞群島・色丹島では3,000頭以上のアザラシが生息し、北海道では激減したエトピリカ・ウミガラス等の沿岸性海鳥が数万羽単位で繁殖していることが確認された。<br>北方四島のオホーツク海域は世界最南端の流氷限界域に、太平洋側は大陸棚が発達しており暖流と寒流の交わる位置であることや北方四島の陸地面積の約7割、沿岸域の約6割を保護区としてきた政策のおかげで、周辺海域は高い生物生産性・生物多様性を保持してきたと考えられる。<br>一方、陸上には莫大な海の生物資源を自ら持ち込むサケ科魚類が高密度に自然産卵しており、それを主な餌資源とするヒグマは体サイズが大きく生息密度も高く、シマフクロウも高密度で生息している明らかになった。海上と同様、陸上にも原生的生態系が保全されており、それは海と深い繋がりがあることがわかってきた。<br>しかし近年、人間活動の拡大、鉱山の開発、密猟や密漁が横行しており、「北方四島」をとりまく状況は変わりつつある。早急に科学的データに基づく保全案が求められている。そのために今後取り組むべき課題について考えて行きたい。
著者
赤坂 宗光 露崎 史朗
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.334, 2004

火山における実生の生物学的侵入パターンが異なるマイクロハビタットにより標高傾度によりどのように変化するのか、また実生のパフォーマンスは攪乱地への侵入にとって有利となるかを明らかにするため、渡島駒ケ岳において急速に分布を拡大している北海道非在来種カラマツと、最も優占する在来種のダケカンバに対して播種実験および天然更新実生の分布の調査を行った。発芽、生存、資源分配、分岐パターン、および天然更新実生の分布パターンを3標高帯×3マイクロハビタット(裸地=BA、ミネヤナギパッチ=SP、カラマツ樹冠下=UL)で比較した。<br>対象2種ともに発芽率はLUがBA、SPよりも高かったが、標高間で差は見られなかった。生存率は標高間およびマイクロハビタット間で差は見られなかった。カラマツはダケカンバよりも高い生存率を示した。カラマツは全ての標高において、SPでの天然更新実生の密度が高く、ミネヤナギがシードトラップの役割を果たすことが示唆された。ダケカンバ実生は殆どみられなかった。カラマツは地上部重/地下部重比、高さ/直径比、分岐頻度で示される実生のパフォーマンスを標高・マイクロハビタットで変化させたが、葉重/個体重比は一定であった。BAにおいてカラマツは、地上部の高さ生長が抑制され、分岐の多い形態を示し、より地下部へ多く資源分配していた。この形態は風が強く、貧土壌栄養の環境に適応していると考えられた。カラマツ実生がSPでより細長くなったことから、被陰されたハビタットでは光獲得がより重要であることが示唆された。一方ダケカンバは、殆どパフォーマンスの変化が見られなかった。<br>これらから環境が厳しく、変動が激しい環境では、優れた実生パフォーマンスによって侵入種は在来種よりも全てのマイクロハビタットで高い生存と成長率を示すことができることが明らかになった。樹木限界やさらに高標高の植物群集は生物学的侵入による改変を受けやすいと考えられる。<br>
著者
小林 頼太 長谷川 雅美 宮下 直
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.795, 2005

カミツキガメ(<i>Chelydara serpentina</i>)は淡水から汽水域にかけて生息するアメリカ原産の雑食性カメ類である.日本へは,1960年代からペットとして輸入され,近年では全国各地から野外へ逸出した個体が発見されるようになった.千葉県印旛沼周辺では1990年代中頃より本種が頻繁に発見されるようになり,2002年には国内で初めてカミツキガメの定着が確認された.カミツキガメは在来種と比較して大型であり,また多産であることから個体数が増加した場合,生態系へ大きな影響を及ぼす可能性がある. そこで本研究ではカミツキガメの管理を目的とし,まず,本種の印旛沼流域における分布を調査した. 2000年から2004年の期間に印旛沼流域において,罠掛けによる捕獲および聞き取り調査を行った結果,カミツキガメが確認された地点は流入河川である鹿島川及びその支流に偏っており,こうした傾向に顕著な変化は認められなかった.また, 2002, 2003年に合計28個体(オス10,メス18)に電波発信機を装着し,利用区間距離を記録した結果,外れ値の1個体を除いた27個体の平均(±SD)は405±192mであり,性差は見られなかった.また,この傾向は追跡期間(18-597日)とは相関がなかった.外れ値の 1個体に関しては短期間に移動し,最終的に利用区間は約2300mとなった. 次に,消化管および糞内容物から,カミツキガメを支える餌生物について評価した.その結果,カミツキガメは主に水草やアメリカザリガニなど,環境中に豊富にある資源を摂食していた.これらの結果をふまえ,今後のカミツキガメの管理方針について検討を行う.
著者
黒田 啓行 庄野 宏 伊藤 智幸 高橋 紀夫 平松 一彦 辻 祥子
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.209, 2005

実は多くの漁業は漁獲量の制限などにより管理されている。漁獲許容量(TAC)は、現在の資源量(魚の量)などから算出されるのが通例である。しかし現実には、データや知見の不足により、資源量などの推定は難しく、さらに将来の環境変動などを予測することも容易でない。このような「不確実性」は、科学の問題だけでなく、合意形成をはかる上でも大きな障害となる。<br> ミナミマグロは南半球高緯度に広く分布する回遊魚で、商品価値は非常に高い。日本、オーストラリアなどの漁業国が加盟するミナミマグロ保存委員会(CCSBT)により管理されている。しかし、近年の資源状態については、各国が主張する仮説によって見解が異なり、TACに正式合意できない状況が続いていた。<br> この状況を打開するために、CCSBTは2002年より「管理方策」の開発に着手した。管理方策とは、「利用可能なデータからTACを決めるための"事前に定められた"ルール」のことで、環境変動や資源に関する仮説が複数あっても、それら全てに対し、うまく管理できるものが理想的である。そのため、様々な仮説のもとでのテストが事前に必要であるが、実際に海に出て実験することは不可能に近い。そこで、コンピューター上に資源動態を再現し、その「仮想現実モデル」のもとで、複数の管理方策を試し、より頑健なものを選び出すという作業が行われた。このような管理方策の開発は、国際捕鯨委員会(IWC)を除けば、国際漁業管理機関としては世界初の画期的な試みである。実際にCCSBTで管理方策の開発に当たっている者として、開発手順を概説し、問題点及びその解決方法について紹介したい。不確実性を考慮した管理方策の開発は、持続可能な資源の利用を可能にし、魚と漁業に明るい未来をもたらすものと考えている。
著者
津田 みどり
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.11, 2005

種間の相互作用に関与する形質の進化は、コストがかからない場合には軍拡競争へと発展する。しかし、コストが他の形質にかかるとその限りではないことが知られている。本講演では、寄主_-_寄生蜂系の進化モデル(Tuda and Bonsall, 1999)をマメゾウムシー寄生蜂実験系に即して改良し、これに基づいた予測を紹介する。このモデルでは種間の相互作用に関与する形質と、それとは中立な形質の間にトレードオフ(コストがかかるため生じる2形質間の二律背反)がある場合に、それが進化のダイナミクスと帰結にいかなる影響を及ぼすかに注目している。寄主側のトレードオフは系の持続に寄与することがあるが、寄生蜂側のそれは寄与しないことなどが明らかにされた。このような進化動態を野外で観測することは一般に難しく、実際、そのような報告もない。そこで実験系を駆使した検証が重要となる。最後に、マメゾウムシー寄生蜂実験系を用いた検証方法について議論し、できれば実験結果を一部紹介したい。
著者
村上 健太郎 上久保 文貴
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.820, 2005

大阪府南部から和歌山にかけての沿岸部は,温暖な地域として知られ,暖温帯から亜熱帯地域にかけて生育する植物の分布北限となっている。特に,年平均気温15℃,年最低気温平均値-3.5 ℃の等値線はヒガンバナ科ハマオモトの分布限界であり,ハマオモト線として知られている。しかし,近年,年間を通して気温は上昇傾向にあり,今後植物分布に大きな影響を及ぼす可能性がある。そこで本研究では,近年の気温上昇にともなって,大阪府周辺のハマオモト線付近を分布限界とする植物の分布について調べ,気温変化との関連を考察した。まず,1938年に描かれたハマオモト線に近い19府県の1980年代以降の気象観測所データと1990年代初めまでに作成された各県植物誌による植物分布データを,市民向けに開発された地理情報分析支援システムMANDARAに入力し,ミミズバイ,タイミンタチバナなど30種の分布限界域における気温データをえた。次に,大阪市立自然史博物館および兵庫県立人と自然の博物館のハーバリウムにおいて,大阪府および兵庫県の上記南方系植物30種の採集地および採集年代を調べ,1980年代以前と1990年代以降で,分布に差があるかを調べた。その結果,ヤナギイチゴなど,一部の種では,分布が北上している可能性が示唆された。また,先述した分布限界域の気温データを用いて,これらの植物の大阪府付近での現在の分布限界域について推定すると,多くの植物が現状では京都市付近まで分布拡大可能であると推定された。本研究でとりあげられた種のうち,自生個体が京都市付近にまで分布拡大している例は少ないが,都市域の石垣などの人工物に適応しているイヌケホシダや京都市内の二次林に移入したアオモジなど,人為によって持ち込まれた可能性が高い種については,大阪府_から_京都市において確実に分布を拡大している。今後は,各種の分散力やハビタットの選考性に関する調査を行い,より正確な分布拡大予測を行いたいと考えている
著者
北本 尚子 上野 真義 津村 義彦 竹中 明夫 鷲谷 いづみ 大澤 良
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.54, 2004

サクラソウ集団内の遺伝的多様性を保全するための基礎的知見を得ることを目的として、筑波大学八ヶ岳演習林内に自生するサクラソウ集団を対象に、_丸1_花粉と種子の動きを反映するマイクロサテライトマーカー(SSR)と、種子の動きを反映する葉緑体DNA(cpDNA)多型を用いて遺伝的変異の空間分布を明らかにするとともに、_丸2_遺伝構造の形成・維持過程に大きな影響を及ぼす花粉流動を調査した。<br> 7本の沢沿い分集団と1つの非沢沿い分集団に分布する383ラメットの遺伝子型を決定した。SSRを指標とした分集団間の遺伝的な分化程度はΘn=0.006と非常に低かったことから、分集団間で遺伝子流動が生じていることが示唆された。一方、cpDNAで見つかった4つのハプロタイプの出現頻度は沢間で大きく異なっていたことから、沢間で種子の移動が制限されていると推察された。これらのことは、現在の空間的遺伝構造は沢間で生じる花粉流動によって維持されていることを示唆している。<br> 次に、沢沿いの30*120mを調査プロットとし、SSR8遺伝子座を用いて父性解析を行った。30m以内に潜在的な交配相手が多く分布する高密度地区では、小花の開花時期により花粉の散布距離に違いが見られた。すなわち、開花密度の低い開花初期と後期では45_から_80mの比較的長距離の花粉流動が生じていたのに対して、開花密度の高い開花中期では平均3mと短い範囲で花粉流動が生じていた。一方、30m以内に交配相手が少ない低密度地区では、開花期間をとおして平均11m、最大70mの花粉流動が見られた。このことから、花粉の散布距離は開花密度に強く依存することが示唆された。花粉媒介者であるマルハナバチの飛行距離が開花密度に依存することを考えあわせると、開花密度の低いときに生じる花粉の長距離散布は沢間の遺伝的分化も抑制している可能性があると推察された。<br>
著者
向坂 幸雄 雨甲斐 広康 吉村 仁
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.253, 2004

季節的に出生性比を調節する生物の存在はいくつか知られているが、その適応的意義を解明する上では数理的アプローチが重要である。特に、体サイズも小さく、一回の産仔数が多い両生類では、成長後の繁殖参加の雌雄差を出生時期毎に実際に追跡するのは非常に困難であり、数理的解析によって、調べるべきポイントを明らかにすることは特に重要である。演者らはツチガエル(<i>Rana rugosa</i>)では長期に渡る繁殖期中で季節の進行と共に出生性比の変化が起きていることを明らかにした。また、その傾向が地域集団間で逆転していることも明らかにした(第49回大会発表)。我々はツチガエルの生活史を念頭に置き、シミュレーションのような確率的要素に依らない解析的ESSモデルを構築し、繁殖機会が年に2回あるモデル生物での季節的性比調節の可能性を、雌雄で異なる成長速度などを考慮して検討した。これまでに我々が構築してきたモデルでは、性比を集団内の出生性比とは独立にとれる突然変異個体の侵入条件を考察する際に、出生年とその前後1年づつの非突然変異個体しか背景集団として考えていなかった。しかし、繁殖機会が最大2年に及ぶモデルでは、各年次での背景集団を考慮しなければ正確なESSの解析はできない。今回その範囲を前後それぞれ2年ずつ計5年分を考慮し、さらに突然変異個体が前期と後期のいずれの場合に生まれるかについても分離して考えることで、より詳細な条件推定をすることを可能にした。年2回の繁殖機会相互での出生性比の適応的パターンは8通りでき、大まかに分けると4通りに区別できた。このことから、雌雄間でその後に経験する繁殖機会の数に差ができ、またその違いのでき方が出生時期によって異なるような場合には繁殖時期によって性比を1:1からずらすような形質がESSとなり得ることがわかった。
著者
吉田 洋 林 進 北原 正彦 藤園 藍
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.430, 2005

本研究は,山梨県富士北麓地域に生息するニホンザル(<i>Macaca fuscata</i>)1群を対象に,ラジオテレメトリーと,GPSテレメトリーから得られるデータの特性を把握することを目的とした.調査はまず,対象群のニホンザルメス2頭を箱罠で捕獲し,1頭にVHF発信器(ATS-8C, Advanced Telemetry System, USA),1頭にGPS発信器(Collar120, Televilt, Sweden)を装着して放逐した.ラジオテレメトリーは週3-4回,日中に実施し,GPS発信器は週4回,午後0時に測位するように設定した.今回用いたGPSの測位精度は,3Dで±15m以内(90%)である.調査は,2003年12月から2004年5月に実施した.<br>調査の結果,測位成功率はラジオテレメトリーが100%(n=66),GPSが77.2%(n=92,うち3D以上が50.0%,2Dが39.8%)であった.月毎にみると,GPSの測位成功率に大きな変動はないものの,3D以上の割合が4月から低下し,逆に2Dの割合が増加した.この結果は,落葉樹の開葉と,ニホンザルの耕作地および遊休農地の利用の減少からもたらされた可能性がある.さらに,固定カーネル法で行動圏面積(95%)とコアエリア面積(50%)を求めたところ,ラジオテレメトリーではそれぞれ13.1km<sup>2</sup>,2.8km<sup>2</sup>,GPSではそれぞれ17.6km<sup>2</sup>,2.2km<sup>2</sup>と,GPSで得たデータのほうが,行動圏面積は大きく,コアエリアの面積は小さく算出された.この結果から,ラジオテレメトリーでは測位が難しい場所でも,GPSでは測位できること,地形が急峻な場所では,GPSが測位し難いことが影響している可能性があるといえる.
著者
角 恵理
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.300, 2004

コオロギの歌は種特異的であり、種認識において重要な役割を果たすと考えられる。日本列島に分布する3種のエンマコオロギ属コオロギ(エゾエンマコオロギ、エンマコオロギ、タイワンエンマコオロギ)のメスに対してプレイバック実験を行い、配偶者選択において鍵となる歌のパラメーターを調べた。<br> 第一に、3種のメスに対して、3種のオスの歌を再生してきかせた。その結果、分布の重ならない2種間ではお互いの歌を選択しあう割合が高かったが、分布の重複する2種間ではそのような誤判別はまれであった。すなわち、分布の重複する2種の間では、自種の歌を正確に判別しており、交配前隔離に歌が有効に機能していることが示された。<br> 第二に、そのような判別は歌のどのパラメーターの違いに基づくものかを明らかにするために、コンピューターで合成した歌を再生しメスの反応を調べた。その結果、歌のパルスペリオドに関しては3種の平均値の歌をプレイバックした場合には、自種の平均値の歌を選択する傾向が認められた。一方、優位周波数については、そのような傾向は認められなかった。チャープ繰り返し率、パルス数については、3種のメスに共通して、チャープ繰り返し率が高くなるほど、パルス数が多くなるほど、選択するメスの割合が高くなった。<br> 以上の結果から、コオロギの歌は同所的に分布する近縁他種から自種を正確に判別するのに有効であること。その際の自種の認識には、歌のパルスペリオドが重要であることが示された。また、メスは、自種の歌がとりうる値の範囲を超えて、チャープ繰り返し率が高く、パルス数が多い歌を選択すること、すなわち超正常刺激に対する好みが示された。<br>
著者
谷 友和 工藤 岳
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.141, 2004

落葉樹林の林床は、上層木の葉群動態を反映して光環境が季節を通じて大きく変化する。夏緑性高茎草本植物は冷温帯林にふつうにみられ、生産性が高く、時として地上高が2m以上に達する。本研究では北海道道央域の2カ所の落葉樹林下において、6種の高茎草本(チシマアザミ、ヨブスマソウ、バイケイソウ、エゾイラクサ、ハンゴンソウ、オニシモツケ)を材料に、高茎草本が光環境の季節変動に対し、どのような生産活動を行っているのかを明らかにし、林冠下で高くなるための成長戦略について考察する。<br>サイズの異なる個体の地上部を採取し、乾燥重量を測定したところ、どの種でも同化-非同化器官重の比は高さによらず一定であり、単位重量当たりの葉を支持する茎への投資は高さに関わらず一定であると考えられた。同一個体の複数の葉で最大光合成速度(Pmax)と呼吸速度の季節変化を調べたところ、どの高さの葉でも、林冠閉鎖による光量低下に伴って、Pmaxと暗呼吸速度が低下した。個体内では上の葉から下の葉に向かってPmaxと暗呼吸速度の勾配が生じた。葉の老化による光合成低下と共に、弱光環境への光順化が起こったと考えられた。光合成速度、葉面積の季節変化と林床層の光環境の季節変化を組合せ、伸長成長が終了するまでの期間の個体ベースの日同化量を推定した。順次展葉種では、林冠閉鎖の進行途中に純同化量が最大となった。光量の低下と共に光合成と呼吸速度を低く抑え、かつ伸長成長と共に葉を蓄積し、同化面積を増やすことで個葉レベルの光合成低下を補っていたと考えられた。このような成長様式は、林床の光変動環境下で個葉レベルの同化量を維持するための戦略であると考えられた。一方、一斉展葉型のバイケイソウでは、林冠閉鎖の進行と共に純同化量は減少を続けたため、短期間に同化活動を集中させる春植物的な戦略を取っていると考えられた。
著者
遠山 弘法
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.230, 2004

スミレ属の多くは開放花、閉鎖花をつける。このような2型的な花による繁殖システムは、送粉昆虫利用度の季節的変化に対する適応であると考えられている。つまり、送粉昆虫の利用度が高い春先に開放花の他殖による種子生産を行い、樹木の展葉にともなって光環境が悪化し、送粉昆虫の利用度が低下する初夏以降に閉鎖花の自殖による種子生産を行うことで、一年を通じ繁殖成功を最大にしていると考えられている。<br><br>このような繁殖システムを持つスミレ属の近縁2種間では、生育地の光環境や送粉昆虫利用度の違いに対応して開放花への投資量が異なる可能性がある。つまり明るい環境下に生育し、開放花による他家受粉が期待できる種は開放花へより多くを投資し、一方で暗い環境下に生育し、送粉昆虫があまり期待できない種は開放花への投資を抑え、残りの資源を閉鎖花に投資するのではないかと考えられる。そこで、本研究では、主に明るい環境に生育するヒゴスミレと暗い環境下に生育するエイザンスミレを用いて、種間の光環境や送粉昆虫に対応した資源分配パターンを検証し、両種の適応的な資源分配パターンを明らかにする事を目的とした。<br><br>この目的にそって、熊本県阿蘇の集団で季節的な光環境、開放花数、閉鎖花数の変化、生育地の送粉昆虫の種構成、開放花への総投資量を調べた。<br><br>種間の光環境と送粉昆虫の違いに対応して、開放花生産期間や開放花への投資量の違いが観察された。暗い環境下に生育するエイザンスミレは、効果的な送粉者であるクロマルハナバチへ適応しており、その女王が現れる春先の短い間に開放花生産を集中して行い、残りの資源を閉鎖花へと分配していた。一方で、明るい環境下に生育するヒゴスミレは、多くの分類群の送粉昆虫へ適応しており、開放花生産期間を長くし、開放花へ多くを投資する事で他家受粉を促していた。<br>
著者
森 豊彦
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.701, 2005

中米ホンデュラスの標高約1600mから2300mの山地において、ガジナコガネ<i>Phyllophaga obsoleta</i>(甲虫目コガネムシ科)の生活史、食性、行動、発生消長等を2000年4月から10月までの間に調査した。生息地の優占植生は松と広葉樹の混交林であった。主な土地利用形態は野菜栽培、トウモロコシ栽培、ジャガイモ栽培、果樹、コーヒー栽培、牧場であった。生活史において、成虫の出現期間と産卵期間は4月上旬から7月上旬、幼虫期間は4月から12月、蛹化期間は12月から4月までと推定された。産卵は土中へ行われ、孵化から幼虫、蛹、羽化までも土中で行われた。卵から成虫までの発育期間は1年であると推定された。幼虫の食性において、1令幼虫は主に土壌中の有機物を摂食し、2令と3令幼虫は有機物だけでなく、多様な草本植物、野菜、作物、牧草、コーヒー樹等の根を摂食した。一方、成虫の食性では、室内実験と野外調査の結果、コナラ属の樹木、特に落葉広葉樹のコナラ類の葉や低木果樹のモラ(バラ科)の葉をより好んで摂食した。しかし、成虫は果樹のリンゴ類、モモ類、アボガド類の葉への摂食は比較的少なく、柑橘類の葉の摂食は見られなかった。成虫は夜間に活動し、灯火に飛来した。交尾行動は5月において、午後7時頃から午後9時頃に観察された。日中、成虫は土中や落葉下に潜入して活動を休止した。成虫の発生消長において、雨期が始まる4月上旬からはじまり、5月中旬から下旬にかけて出現数が最大になり、6月下旬から7月上旬に終息した。土中で羽化した成虫が地上へ出現する引き金は、乾期から雨期に変わり、降雨量が10mm前後の日が数日間続くことであると考えられた。成虫は野菜、作物の害虫として大発生し、街灯がある村全域に大量に飛来した。
著者
梶本 卓也 中井 裕一郎 大丸 裕武 松浦 陽次郎 大沢 晃 Abaimov Anatoly P. Zyryanova Olga 石井 篤 近藤 千眞 徳地 直子 廣部 宗
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.265, 2005

中央・東シベリアの永久凍土連続分布域には、近縁2種のカラマツ(L. gmelinii, L. cajanderi)が優占する疎林が分布している。これまでの調査から、成熟した林(100年生以上)では、根が全現存量に占める割合は30-50%と北方林の中でも顕著に多く、同化産物のアロケーションが根にかなり偏っていることがわかっている。このことは、個体の成長や林分発達が地上部の光獲得競争よりも地下部での土壌養分、とりわけ窒素をめぐる競争に支配されていることを示唆している。本研究では、こうした点を裏付けるために、中央シベリアの成熟した林(約100年生)や山火事更新直後の若齢林(10年生前後)を対象に新たに伐倒・伐根調査を行い、既存のデータも加えて、アロケーションや根系発達が時系列でどう変化するのか検討した。その結果、100年生林では根が現存量に占める割合はやはり30%以上と高く、各個体の根系水平分布面積は樹冠投影面積の3-5倍に達していた。また林分レベルで推定された根系分布面積合計、単位土地面積当たり1を大きく上回り、根系がすでにほぼ閉鎖していることが示唆された。一方、更新直後の実生や若木では、根の割合は個体サイズとともに低下し、成長良好な大きめの個体で15-20%と成熟木よりかなり少なかった。この永久凍土地帯では、山火事更新後、コケや地衣、低木等林庄植生の回復に伴って、地温が低下し活動層の厚さも徐々に減少する。そして、もともと限られた無機態窒素の利用も制限されていく。こうした根圏環境の時系列変化を踏まえてカラマツ個体のアロケーションを考えると、土壌養分吸収の制限が少ない山火事後の更新初期段階では地上部の成長に偏っているが、数10年を経ると地上部から根へ大きくシフトし、その時期を境に地下部での個体間競争が起こって、やがては根系が閉鎖した林分状態に達することが推察される。
著者
上村 佳孝
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.64, 2005

ある形質に対する最適値が雌雄で異なる場合,性的対立は生じる.盛んに交尾を試みる雄に対して,雌が拒否行動を示せば,交尾回数に関する性的対立の存在が容易に予測される.しかし,今回の発表では,雌雄ともに著しく高い頻度で交尾をおこない(乱交性),交尾に関して目だった葛藤がないように見えるコバネハサミムシ(以下,コバネ)を題材に,本当に葛藤がないのか?考えてみたい.<br>激しい精子競争が生じているコバネでは,雄の体長に匹敵するほど長い交尾器を用いて,細管上の受精嚢(雌の精子貯蔵器官)から,すでに存在している精子の掻き出しをおこなう.しかし,雌の受精嚢はさらに長く,一部の精子しか掻き出すことはできず,すでに他の雄の精子を持つ雌と1回交尾した雄が残す子供の割合は約2割である.<br>体サイズの大きな雄は雌を独占し,より多数回繰り返し交尾し,高い繁殖成功を得る.雄の体サイズは有意な遺伝的基盤を持ち,大きく繁殖成功の高い父親の息子はやはり繁殖成功が高くなると期待される.このような条件のもとでは,雌は自らを独占する能力の高い雄の精子を集めることで,優れた息子を得るという遺伝的利益を得ることができ,一回の交尾あたりの父性の置換率を2割程度に抑えることで,このような利益が最大化されることを数値シミュレーションは示した.すなわち,低い精子置換率をもたらす雌の長い受精嚢は,何度も繰り返し交尾可能な優れた雄の精子を効率良く集めるための適応と考えられる.しかし,雄が同じ雌と繰り返し交尾をおこなうという現象は,一回の交尾あたりの精子置換率が低い場合に進化し易いものと予想され,両形質は共進化する可能性がある.<br>発表では,雌雄双方の適応を考慮した共進化モデルと,一方の性の視点のみを考慮した最適化モデルの解析結果を比較し,交尾回数・精子置換率という複数繁殖形質の共進化の観点から「隠された対立」の分析を試みる.
著者
井上 英治 竹中 修
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.831, 2004

ニホンザル餌付け集団において、父性解析と交尾行動の観察を行ない、どのようなオスが子供を残していたのかを明らかにした。ニホンザルは、母系の集団であり、オスは性成熟に達すると、群れを移籍し、その後も数年経つとまた他の群れに移籍するとういう生活史を持つ。また、明確な交尾期があり、秋_から_冬に交尾を行ない、春_から_夏にかけ出産をする。<br>これまで、ニホンザルの性行動について、オスの交尾成功は順位で決まるものではなく、メスの選択が影響していて、メスにとって新しいオスを好む傾向があることが示されてきた。また、DNAを用いた父性解析を行なった研究でも、オスの順位と子供の数は相関せず、メスの選択が影響することが示されている。しかし、どのような特徴のオスが子供を残しているのかについては分かっていない。そこで、本研究では、嵐山E群という個体の詳細な情報がわかっている群れを対象にして、交尾期の行動観察と引き続く出産期に生まれた子供の父親を決定した。<br>父性解析は、サルの毛からDNAを抽出し、11座位のマイクロサテライト遺伝子の遺伝子型を決定した。そして、子供と遺伝子を共有していないオスを排斥し、残ったオスを父親と決定した。<br>父性解析の結果、嵐山E群では、群れの中心にいるオトナオス(中心オス)は子供をほとんど残していないことが明らかになった。周辺にいるオトナオス(周辺オス)や、群れ外オスが子供を多く残していた。また、中心オスは、交尾が少ないわけではなく、個体追跡を行なったオスについて、交尾頻度と子供の数に相関は見られなかった。子供を産んだメスの交尾行動を分析すると、受胎推定日から離れている時には、高順位のオスとの交尾が多いが、受胎推定日の近くになると周辺オスとの交尾が増えることが示された。<br>嵐山の中心オスは、在籍年数が長く、子供を産んだ母親の父親である可能性があるためにメスに避けられていたと考えられる。<br>