著者
遊佐 順和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<b>Ⅰ はじめに</b><br> 鹿部町は、北海道の南端渡島半島の東部に位置し、北海道駒ヶ岳を背にその山麓の一角に広がり、洋々とした太平洋内浦湾を望む風光明媚な環境にあり、町内には2018年に北海道遺産に登録された全国でも稀少な間歇泉をはじめ、30箇所以上の泉源にも恵まれている。産業では、3つの良港に恵まれ、帆立、スケソウダラ、昆布などを中心に豊富な魚種が水揚げされる漁業と、それら新鮮な魚介類をもとにした水産加工業を基幹産業とし、「日本一魅力ある漁師町、日本一行ってみたい、住んでみたい漁師町」を目指している。町章には、4つの「カ」を外周に配し"4力"で鹿部の「鹿」を表し、中心には昆布と温泉をシンボライズさせ、町民の和と漁業や温泉を活かした町の発展の願いが込められている。鹿部町へのアクセスは、2016年開通の北海道新幹線新函館北斗駅より車で約30分、北海道の表玄関である函館空港からも車で約1時間の距離に位置し、観光客がアクセスしやすい立地にある。1999年、間歇泉周辺に公園を開設し町の名所として観光客を受入れてきたが、2016年3月の北海道新幹線開通にあわせ、同公園を「道の駅しかべ間歇泉公園」として再整備し、鹿部の食文化を学び、味わえる体験型施設として生まれ変わり、「学べる・食べる・遊べる」観光スポットとして内容を拡充した。施設内では、鹿部漁業協同組合女性部による運営の「浜の母さん食堂」が、前浜であがる海の幸を家庭料理的な提供で好評を得て、鹿部の食文化を守りつつその魅力を発信している。この他、駒ヶ岳の軽石の粒で包んだ魚を干した「軽石干し」や温泉の蒸気を利用した蒸し釜料理など、地域資源を活用した様々な「食」が提供されている。本発表では、鹿部町が地域資源を活用し推進する食と観光による町の活性化に関し、今後の可能性と課題を考察する。<br><br><b>Ⅱ 問題の所在</b><br> 町の人口は、1985年国勢調査の5,107人をピークにそれ以降は減少が続いており、2019年1月1日現在で3,960人となっている。町内リゾート地区の移住者が寄与し、人口減少は比較的緩やかだが人口は確実に減っており、今後は消費者の減少とともに事業によっては後継者不足や事業継承が困難となることも危惧される。町では、こうした人口減対策に対処するため、豊富な水産資源や温泉などを活用した食と観光による町の活性化策の一つとして、「A級グルメ」による取り組みを開始した。「A級グルメ」とは、地域の人が誇りを持ってつくる「食」を指し、2011年より「A級グルメ構想」に取り組み、雇用創出や移住者誘致に成功している島根県邑南町とノウハウを共有し、まちの人材育成や魅力発信に取り組むことを計画している。邑南町では、「本当に美味しいものは地域にあって、その美味しさを本当に知っているのは地域の人々で、彼らが誇りを持って作る食はA級であり、永久に残さなければならない」という理念のもと、地域ならではの食を守りそれを通して地域に人を呼び込み、賑わいをもたらすことにより、地域に対する矜持をもたらし、雇用や産業を創出することで町を活性化させることを狙いとした施策が推進されている。2018年11月、食を通じた人材育成やA級グルメの理念を広げるための情報発信、起業、就業につながる活動を推進するため、鹿部町、福井県小浜市、島根県邑南町、西ノ島町、宮崎県都農町により、「にっぽんA級(永久)グルメのまち連合」が設立され、東京で調印式が行われた。<br><br><b>Ⅲ 今後の課題</b><br> 鹿部町では、「にっぽんA級(永久)グルメのまち連合」に参画する市町との連携により、食に関する人材育成を行うため、地域おこし協力隊の共同募集の実施や、「A級グルメ構想」を取り入れつつ、道の駅しかべ間歇泉公園を人材育成の拠点として、2019年より本格的な事業推進を計画している。今後の事業推進を進める中で、①住民参加による「じぶんごと」としての事業推進、②既存施設の有効活用による交流人口の誘引、③A級グルメ構想など新たな取り組みによる定住人口の確保、④外部人材導入によるまちの資源価値の再認識、⑤近隣自治体との連携によるエリアとしての高付加価値化など、地域資源を最大限に活用することにより、まちの魅力を効果的に情報発信し、成果に結びつけていくことが必要である。
著者
遊佐 順和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2016年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100159, 2016 (Released:2016-11-09)

Ⅰ はじめに 2013年12月、日本人の伝統的な食文化である「和食;自然を尊重する日本人の心を表現した伝統的な社会習慣」は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関 UNESCO)より無形文化遺産として登録された。ユネスコ無形文化遺産の登録を受け、和食やそのベースとなる「だし」の魅力が、今改めてその価値を見直され、国内外で注目を集めている。和食は、米、豆類、魚、海藻などをもとに作られる一汁三菜を基本とし、ミネラルを豊富に含む昆布をはじめとする海藻の多用、豆類を発酵させた味噌などにより、栄養バランスに優れた健康的な食生活をもたらす。昆布は、だしを利かせた調理法により独自の郷土料理を生み、各地で年中行事とも深い関わりを有し地域に根ざす「食」を育むための一役を担い、日本の伝統的な食文化を支えている。昆布だしに含まれる「うま味」は、食材が有する本来の味を引き立て、さらにだしを利かせた調理により健康的な食生活を実現させている。「食」は人の心を強くつなぎ、「食」をとおした家族との絆や地域におけるコミュニティを育み、食文化を継承させる力を有する。こうしたことから、昆布は食文化と人々のつながりを醸成し、伝統文化を継承するために欠かせない存在だといえる。  だしの代表的存在の一つである昆布は、全国の9割以上が北海道で生産され、日本の伝統文化の変化と生存をつなげる重要な役割を担っている。北海道には主な食用の昆布として、真昆布、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布(三石昆布ともいう)、長昆布および細目昆布などの6種類がある。昆布は、産地の生育環境の違いから品種ごとに形状や食味が異なり、出荷先や調理用途も異なるなどの特徴がある。Ⅱ 問題の所在 北海道は、日本一の昆布の生産地であるが、その消費量は全国的に見て余り多くない。昆布は、富山県、福井県、京都府、大阪府や沖縄県などで、古くからだし利用や食用などにより多く消費され、これらの地域では何れも一世帯あたりの購入金額や消費量が大きいとともに、食利用において地域で継承される独自の伝統的な食文化を有する。 一方で、北海道では昆布の生産量が年々減少している。この背景には、天候や生育環境など自然環境の変化に加え、高齢化や後継者不足による昆布漁師の減少があげられる。産地における生産量の減少は、市場における昆布の販売価格を押し上げ、販売者や飲食店など利用者の商品確保に難しい状況を引き起こし、各地で昆布の消費にも大きく影響する。昆布の消費地では、生産地の昆布漁師の後継者不足により、供給量が減少することを危惧する声もある。 北海道内の各産地では、漁業後継者の確保や育成に向け、漁業後継者・新規就業者・就業希望者などに対する各種支援制度を設置し、漁師の減少を食い止めるための諸施策が実施されている。北海道宗谷管内の利尻島や礼文島では、自治体独自の支援制度のほか、自治体と漁業協同組合等の関係機関の協力に基づく漁業研修「漁師道」の実施により、町内のほか島外からも漁業就業希望者を迎え、実際の体験により漁業への理解を深め、移住を伴う外部人材を漁業従事者として育成するなど、漁業後継者の確保に努めている。 また、食生活の多様化により、一般家庭において昆布や鰹などからだしをとり調理することが減少する中で、昆布利用による効能や魅力をいかに効果的に発信するか検討することは、今後の需要喚起を考える上で重要となる。Ⅲ 今後の課題  生産地においては、昆布漁師の後継者を確保することにより昆布の安定供給の維持や品質保持および技術力を継承させるとともに、食育活動などを通して地域資源としての理解を促し、地域への矜持を醸成することが重要である。消費地においては、食育活動などをとおして昆布の効能や魅力に理解を促すとともに、地域と生産者を身近な存在に感じさせる関係性のもと、より深い関心や相互理解につなげるため、生産地との交流機会をもつことが必要である。付記 本研究は、日本学術振興会「課題設定による先導的人文学・社会学研究推進事業」実社会対応プログラム(公募型研究テーマ)「日本の昆布文化と道内生産地の経済社会の相互連関に関する研究」(研究代表者:齋藤貴之(星城大学)、研究期間:平成27年10月1日~平成30年9月30日)の成果の一部を使用している。