著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.23-40, 2020 (Released:2020-12-19)
参考文献数
54
被引用文献数
1

家族賃金・年功制、能力主義、競争原理、均等法、個人単位化といった概念・制度・政策には、いずれも複数の意味や方向性があり、それらの背後には複数の社会的な力(新自由主義の力、フェミニズムの力など)が存在している。しかし、日本の左派やフェミニストは、しばしば、こうした複数の意味や方向性、背後にある力を十分区別できなかった。そのために、新自由主義に対する評価が甘くなったり、フェミニズム運動の意義を十分評価できなくなったりした。以上のことと表裏一体の問題として、左派やフェミニストが、しばしば資本主義と家父長制とを統一的に把握していないという問題がある。また、「前近代」「近代」といった歴史的段階だけに注目して、それぞれの社会内部の矛盾やマイノリティの視点を軽視することも、以上のような問題と結びついている。「近代家族」概念にも複数の意味が存在しており、その真の乗り越えは、新自由主義によってではなく、公共領域と家内領域の分離をより高い段階で統一する方向性を有するさまざまな闘いによってのみ可能になる。新自由主義に対抗するためには、今後、家族賃金や能力主義といった概念の複数性についてさらに丁寧に論じていくことが必要である。
著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.21-39, 2018 (Released:2019-01-22)
参考文献数
14

本稿では、中国で2012年に活動を開始した「行動派フェミニスト」がおこなってきた公共交通機関における性暴力反対運動について考察した。その際、香港・台湾・日本との初歩的比較もおこなった。 中国における公共交通機関における性暴力反対運動も、実態調査をしたり、鉄道会社に対して痴漢反対のためのポスターの掲示や職員の研修を要求したりしたことは他国(地域)と同じである。ただし、中国の場合は、自らポスターを制作し、その掲示が断られると、全国各地で100人以上がポスターをアピールする活動を、しばしば1人だけでもおこなった。この活動は弾圧されたが、こうした果敢な活動によって成果を獲得したことが特徴である。 また、中国のフェミニストには女性専用車両に反対する傾向が非常に強く、この点は日本などと大きな差異があるように見える。しかし、各国/地域とも、世論や議会における質問の多くは女性専用車両に対して肯定的であり、議会では比較的保守的な政党がその設置を要求する場合が多いことは共通している。フェミニズム/女性団体の場合は、団体や時期による差異が大きいが、各国/地域とも、女性専用車両について懸念を示す一方で、全面否定はしてないことは共通している。中国のフェミニストに反対が強い原因は、政府当局がフェミニストの活動を弾圧する一方で、女性に対する「思いやり」として女性専用車両が導入されたことなどによる。
著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.53-74, 2022-12-16 (Released:2022-12-16)
参考文献数
83

ダイアン・グッドマンは、マジョリティがマイノリティ差別に反対する動機として、マイノリティへの「共感(エンパシー)」、「道徳的原則、宗教的価値観」、「自己利益」の3つを挙げ、それぞれを育成すべきことを説いている。本稿は、そのうち、女性解放の男性にとっての「自己利益」を、ジェンダーによる男性特有の被抑圧性からの解放という点にとどまらず、広く「ある社会における女性解放の程度はその社会の一般的解放の尺度である」(シャルル・フーリエ)という点に見出し、その具体的状況やメカニズムについて考察する。本稿は、フーリエの言う「社会の一般的解放」を、家族(=家内領域と公共領域の分離)や国家を乗り越えて、個々人の権利を社会全体で支えあう社会の実現であると捉え、そのために不可欠である女性解放の男性にとっての利益について、主に次の5つの角度から考察する。(1)公共/男性領域における女性の権利獲得と男性との関係、(2)女性が家内領域で担ってきた再生産活動の有償化や周縁的位置づけからの脱却と男性との関係、(3)「家族」という単位を乗り越えることと男性との関係、(4)女性解放と男性マイノリティとの関係、女性マイノリティの解放と男性との関係、(5)女性解放が、以上とは直接には関係しない点を含めて資本主義的抑圧全般からの解放に寄与することと男性との関係、である。以上のように広くトータルに女性解放の男性にとっての利益を捉えることは、女性解放を、たとえ男性特権を喪失しても実現すべきものとして理解することにつながる。本稿は、女性たちの運動が男性にとっても抑圧的な状況の緩和に結びついた具体的事例も挙げ、それらをより強めるには、女性の動きに男性の側からも呼応する必要があることも述べる。
著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.40-60, 2023-12-16 (Released:2023-12-16)
参考文献数
62

筆者はこれまで、近代家族は、その基底的特徴である家内領域と公共領域の分離を高い段階で再び統一することによって乗り越えられると論じてきた。「高い段階」と言う理由は、前近代の共同体に戻るのではなく、自立した個人の家族や国家を超えた相互扶助を実現するからである。 公私の両領域の高い段階での統一は、新自由主義がもたらす社会的変化とは方向が逆である。しかし、ナンシー・フレイザーは、第二波フェミニズムと新自由主義の親和性を指摘している。筆者自身も、日本の左派とフェミニズムの一部にある程度そうした傾向が見られること、その背景には、資本主義と家父長制との二元論的理解があることを述べてきた。本稿の第1章では、近代家族論の専門家でありながら「官製婚活」を肯定する山田昌弘にもまたそうした傾向があることを論じる。また、江原由美子のフレイザーに対する応答に関しても、フレイザーの持つ資本主義批判の視点をより生かすことによって、より的確なものになることなどを述べる。 また、家内領域と公共領域の分離の乗り越えは、高い段階の「統一」である必要がある。すなわち、平等主義規範が家族の壁を打ち破るだけでなく、相互扶助を家族や国家の枠を超えて広げることが必要である。さらにそれを人類の枠を超えて「自然」にまで広げるためにはエコロジカル・フェミニズムが重要だが、エコフェミは現在の日本では発展していない。本稿の第2章では、その原因を1980年代のエコフェミ論争に遡って検討し、当時、青木やよひを批判した側が、青木のエコフェミの独自の意義を捉えていなかったことを述べる。さらに、その後のエコフェミの発展も踏まえて、エコフェミを含めた、女性が先覚的におこなってきた社会的再生産のための運動は、近代家族の乗り越えやフェミニズムにとって独自の意味があることやその発展のプロセスを示す。 今後の課題は、一部の左派やフェミニズムにおける新自由主義との親和性の問題とエコフェミの立ち遅れの問題とがどのように関連しているかについて、より具体的に明らかにし、それを通じて、今後のジェンダーをめぐる理論と運動のあり方を考えることである。
著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.27-50, 2021 (Released:2021-12-28)
参考文献数
44

私は、近代(家族)を乗り越えるとは、家内(私的)領域と公共(公的)領域をより高い段階で統一することだと述べてきたが、本稿では、その展望をより詳しく考察する。伊田広行の「スピリチュアル・シングル主義」は、シングル単位論にスピリチュアリティ概念を結びつけることによって、自然を含めた広いつながりを捉えるとともに、自己の内面を深く掘り下げることを説いた。これらの点は、上の両領域の統一を考えるうえで有用である。ただし、伊田は、スピリチュアリティ概念によって、上の「つながり」を、「たましい」のつながりとして捉えたが、私は、各自の人権保障などの全地球的・歴史的相互関連性として捉えるほうが適切だと考える。また、スピリチュアリティ概念に含まれる価値ある部分を真に尊重するためにも、近代二分法自体を乗り越える方向性が必要である。 次に、伊田が作成した「思想地図」を改良して、私なりの「脱近代」への見取り図を作成する。まず、さまざまな思想を4つの象限に分類し、次に大きな歴史の展開方向を示す。さらに、1970年代までの狭義の「近代」にも着目した区分をおこなう。また、最近まで比較的注目されなかった、近代二分法において劣位に置かれていた領域(相互依存、感情、女性性、自然など)に注目した諸思想を、その見取り図の中に位置づける。 上の見取り図からは、近代を乗り越えて、自立した個人が相互に連帯する社会を構築するためには、異なる立場や視点の人どうしも、「家内領域と公共領域をより高い段階で統一する」という大きな方向性においては協力できること、ただし、「マイノリティを含めた個人を単位とし、国家を超える」という目標は見失わないことが必要であることが認識できる。また、私自身が「脱近代」への壮大な歴史過程の中にいる感覚が得られ、長期的で広い視点から見た解放への展望を持つことができた。さらに、この見取り図は、「脱近代」についてのさまざまな議論の問題点を位置づけるうえでも有用である。
著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.21-39, 2018

本稿では、中国で2012年に活動を開始した「行動派フェミニスト」がおこなってきた公共交通機関における性暴力反対運動について考察した。その際、香港・台湾・日本との初歩的比較もおこなった。<br> 中国における公共交通機関における性暴力反対運動も、実態調査をしたり、鉄道会社に対して痴漢反対のためのポスターの掲示や職員の研修を要求したりしたことは他国(地域)と同じである。ただし、中国の場合は、自らポスターを制作し、その掲示が断られると、全国各地で100人以上がポスターをアピールする活動を、しばしば1人だけでもおこなった。この活動は弾圧されたが、こうした果敢な活動によって成果を獲得したことが特徴である。<br> また、中国のフェミニストには女性専用車両に反対する傾向が非常に強く、この点は日本などと大きな差異があるように見える。しかし、各国/地域とも、世論や議会における質問の多くは女性専用車両に対して肯定的であり、議会では比較的保守的な政党がその設置を要求する場合が多いことは共通している。フェミニズム/女性団体の場合は、団体や時期による差異が大きいが、各国/地域とも、女性専用車両について懸念を示す一方で、全面否定はしてないことは共通している。中国のフェミニストに反対が強い原因は、政府当局がフェミニストの活動を弾圧する一方で、女性に対する「思いやり」として女性専用車両が導入されたことなどによる。