著者
金 倫基
出版者
公益財団法人 腸内細菌学会
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.7-10, 2011 (Released:2011-02-10)
参考文献数
12

自然免疫系は,微生物への曝露早期から応答する第一線の生体防御機構である.近年,この自然免疫系が獲得免疫系の誘導にも重要な役割を果たしていることが明らかとなっている.自然免疫系では,膜結合型のTLRファミリーや細胞質内に存在するNLRファミリーなどの受容体(PRRs)が,微生物成分(PAMPs)を認識することで細胞内シグナル伝達系を活性化し,炎症性サイトカインや抗菌ペプチドなどの産生を誘導し,生体防御に携わる.TLRと,NLRファミリーであるNod1とNod2は,炎症性サイトカイン産生において相乗的に働くことが知られている.一方で,LPSなどのTLRリガンド刺激による単球やマクロファージからの炎症性サイトカインの過剰産生は,組織傷害や敗血症ショックなどの危険性を併せ持つ.生体はこの防衛策として,リガンド曝露後に一時的不応答(トレランス)を誘導し,炎症性サイトカインの過剰産生を防いでいる.しかしながらこのトレランスによって,今度は逆に微生物感染に対する生体の応答性を低下させてしまう恐れがある.生体はこのジレンマにどう対応しているのだろうか.今回私たちの研究では,LPSなどの微生物リガンドに曝露されることによって,TLR応答性の低下したマクロファージにおいて,Nod1とNod2の応答性が保持されていることを明らかにした.また,あらかじめLPSに曝露されたマウスにおいて,細胞内寄生細菌である Listeria monocytogenesによる全身感染時の細菌の排除に,Nod1とNod2が重要な役割を果たしていた.さらに,多くの菌に恒常的に曝露されている(トレランスの起こっている)腸管内においても,Nod2が病原菌排除に必要であることを見出した.以上のことから,Nod1とNod2は,TLRシグナルの低下した状態における微生物の認識と宿主の生体防御に寄与することが示唆された.
著者
秋山 雅博 関 夏美 熊谷 嘉人 金 倫基
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第48回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.P-13, 2021 (Released:2021-08-12)

【目的】腸内細菌叢は食事や薬剤などの環境因子によって容易に変化し得る。我々は食事を介してメチル水銀(MeHg)を一定量摂取しており、それらが腸内細菌に影響を与える可能性は高い。一方で、腸管には硫酸還元菌が常在し硫化水素 (H2S)などのイオウを産生していることから、イオウ付加体形成を介したMeHgの不活性化に寄与している可能性が高い。そこで、MeHgによる腸内細菌への影響と、MeHgの毒性軽減作用に対する腸内細菌叢の役割を検証した。【方法】腸内細菌タンパク質中チオール(SH)基はBPMアッセイにて検出した。Lactobacillus属菌の増殖は好気条件下37℃で24時間培養し1時間ごとに600 nmの吸光度を測定することで検出した。H2SおよびH2S2はLC-ESI-MS/MSにより測定した。C57BL/6マウス臓器中の水銀濃度測定に際し、抗生剤を14日間飲水投与後、MeHgを経口投与した。臓器中の水銀濃度は原子吸光水銀検出器を用いて測定した。【結果】まず、腸内細菌由来のタンパク質がS-水銀化されるかを調べた。その結果、マウス糞便タンパク質中でBPMにより検出されたSH基はMeHg曝露濃度依存的に減少した。 次に、MeHgが腸内細菌の増殖に与える影響を検証するために、小腸から大腸まで幅広く存在する乳酸菌であるLactobacillus属菌を用い、MeHgを添加した培地で培養した。その結果、非添加培地で培養した場合と比べて、MeHgを曝露した培地では、MeHgの濃度依存的な増殖阻害作用がみられた。また、SPFマウスの糞便中からH2SだけでなくH2S2も検出され、その濃度は無菌マウスで有意に低かった。さらに、抗生剤によって腸内細菌叢を撹乱したマウスでは、MeHg曝露による小脳、肺、肝臓への水銀蓄積が促進された。【考察】本研究よりMeHgは腸内細菌タンパク質へのS-水銀化を介して悪影響を与えている可能性が示唆された。また一方で腸管常在菌により産生されるイオウ化合物がMeHg毒性から宿主を保護している可能性も示唆された。