著者
上野 貴大 高橋 幸司 座間 拓弥 荻野 雅史 鈴木 英二(MD) 原 和彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100317, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】大腿骨近位部骨折患者における回復期に生じる疼痛に、筋痛が存在する。過去の報告において、筋痛は代償運動による筋の過負荷が原因とされており、その動作を繰り返すことで慢性痛への移行が危惧されている。しかし、いずれの報告も経験則として述べられるに留まっており、代償運動とその際の筋活動を運動力学的・筋電図学的側面から分析し、筋痛発生原因を示した報告はない。そこで、本研究では立ち上がり動作を運動力学的・筋電図学的に分析し、筋痛の原因となる代償運動とその際の筋活動を明らかにすることで筋痛発生原因を検討した。【方法】対象は当院へ入院された大腿骨近位部骨折患者の中から、除外対象を除いた19名であった。除外対象は認知機能低下を認めた例(MMSE<19pt)、過去に動作能力に大きな影響及ぼす程度の重篤な既往を有する例とした。対象に対し基本特性の調査として、性・年齢・診断名・術式を調査した。発症から2~3週の間に、対象の立ち上がり動作(下腿長の120%の高さに設定した椅子からの支持物を用いない立ち上がり)に対し、三次元動作計測及び筋電図計測を同期計測した。身体運動計測には三次元動作解析装置VICON MX(Oxfordmetrics社製)と床反力計(Kistler社製)を用いた。標点位置は左右の肩峰、股関節、膝関節、外果、第5中足骨の計10点とした。得られたデータは、解析ソフト(Vicon Body Builder)を用いて解析した。解析データは力学データの体重による正規化、時間軸100%正規化を実施した後、床反力鉛直成分、関節運動角度、関節運動モーメントを抽出した。筋電図計測は、筋電計WEB-5000(日本光電社製)を用い、被検筋は左右の大殿筋、外側広筋、大腿二頭筋の計6筋とした。筋電図波形の解析は、解析ソフト(scilab)を用いButterworth filter(10Hz-400Hz)で波形処理し、全波整流の後、筋活動積分値(IEMG)を抽出した。IEMGについて、正規化のために計測した体重の2%の重錘を用いた等尺性収縮時のIEMGで除し、%IEMGを算出した。筋痛の程度・部位の評価は、動作計測時に視覚的アナログスケール(VAS)を用い実施した。術部や骨折部以外に認め、筋の走行に沿った圧痛を伴う痛みを筋痛と規定し、筋痛の有無により筋痛あり群・筋痛なし群へ分類した。調査及び分析結果について、群間で比較検討を実施した。比較検討には、結果の尺度に応じてMann-WhitneyのU検定・χ²独立性の検定のいずれかを用い、有意水準5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】対象者には、研究の主旨等について説明を行い、書面にて同意を得た。本研究は当院及び研究協力機関における倫理委員会の承認を得ている。【結果】筋痛あり群と筋痛なし群は、それぞれ11例(男性4例、女性7例、平均年齢75.1±15.2歳)、8例(男性1例、女性7例、平均年齢70.8±9.8歳)であった。筋痛あり群においては大腿四頭筋8例、ハムストリングス3例にVAS3.2の筋痛を有していた。診断名は、筋痛あり群で大腿骨転子部骨折6例、大腿骨頸部骨折5例、筋痛なし群で大腿骨転子部骨折6例、大腿骨頸部骨折2例であり、各群の特性には有意差を認めなかった。床反力鉛直成分(健側比)では、群間に有意差を認めなかった。関節運動範囲では、筋痛あり群の患側股関節運動範囲が有意に小さかった。関節運動モーメント積分値では、筋痛あり群の膝関節伸展運動モーメント積分値が有意に大きかった。患側股関節伸展運動モーメントを100%とした場合の患側膝関節伸展運動モーメントの割合は、筋痛あり群で有意に大きかった。筋痛あり群の筋活動量(健側比)は、筋痛あり群の外側広筋で有意に大きかった。【考察】荷重量の側面では、両群共に健側下肢で大きく健側下肢に依存した動作様式を取っていた。よって、健側での代償運動は筋痛発生に関与しないことが示唆された。関節運動範囲・関節運動モーメントにおける分析結果を解釈すると、筋痛あり群では、患側股関節運動範囲の低下により患側股関節伸展運動モーメントは低下し、代償的に患側膝関節伸展運動モーメントの増大を認めることが示された。これに筋電図分析結果を加味すると患側膝関節伸展運動モーメントを生成するため、患側膝関節伸展筋の活動増大を生じていることが考えられた。これは筋痛発生筋と一致し、患側股関節への負荷を膝関節が代償する代償運動が筋痛発生原因となっていることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】大腿骨近位部骨折患者において慢性痛の原因となる筋痛について、その発生メカ二ズムを客観的データから示せたことは意義のあるものと考える。