著者
関 恒樹
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.367-398, 2013-12-31 (Released:2017-04-03)
被引用文献数
1

移民の子どもたちに注目する近年の諸研究では、子どもたちの経験は主に移民第1世代である親の経験との関係で考察され、子どもたち自身の主観的移住経験が焦点化されることは少なかった。しかし、今日主要な移民受入れ諸国において、移民の家族呼び寄せ制度が整備されるとともに、越境する子どもたちが増加しつつあり、特に母国の文化を濃厚に保持しつつ移住した子どもたちが、ホスト社会にて経験する様々な周辺化や排除の経験は、受入れ諸国において近年社会問題化する傾向にある。このような状況は、子どもたち自身を移住に関る主体的アクターとして捉えることの必要性を示している。本研究では学齢期に親に連れられてアメリカへの移住を経験し、その後もしばしば移住先と母国の間を行き来する子どもたちであるフィリピン系移民1.5世代に注目する。彼らの経験の特徴は、母国と移住先の双方で、二重の社会化とアイデンティティ形成を経ざるを得なかったという点である。そのような子どもたちの越境に対する主観的経験の焦点化は、今日のトランスナショナルな社会的場における、移動にともなう微細な差異を内包する主体形成とアイデンティティ構築の理解へとつながるであろう。本研究の議論は、一回きりの出来事として完結する移動ではなく、移住後も繰り返されるプロセスとして移動を捉える視点へとつながるであろう。それは、実際の移動が終了した後も継続的に更新される主観的解釈のプロセスや、移動をめぐって揺れ動く感情の変遷を焦点化する。そのような子どもたちの解釈や感情は、取り留めの無く移ろいやすいものとして周辺化されるべきではなく、むしろそこには、今日のトランスナショナルな社会的場に作用する権力作用と、それによって構造化される社会関係の網の目に絡め取られつつ拘束されながらも、他者との微細な差異の認識とともに表出される主体とアイデンティティが鮮明に示されているといえよう。