著者
鈴木 重晴 嶋村 則人 関谷 徹治
出版者
弘前大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

聴覚神経系のなかでも、蝸牛神経(cochlear nerve, auditory nerve)は外力に対して極めて脆弱である。このことは、交通事故や労災事故後に経験される外傷性聴覚障害の一部が蝸牛神経損傷によって生じることによっても示されている。一方、脳神経外科の小脳橋角部手術では、蝸牛神経に直接的に外力が及ぶことがある。これによって、蝸牛神経変性が起こり、結果的に外傷性聴覚障害を生じる。このような手術合併症防止の重要性は、広く脳神経外科医には認識されてきた。そして、聴覚誘発電位の一つである聴性脳幹反応を術中に記録することによって、その波形変化から不可逆的な蝸牛神経損傷の発生を未然に防ごうとする試みがなされている。この神経保護手法の臨床的有効性は確立しているが、聴性脳幹反応の術中変化の判定基準は、これまでほとんどV波潜時の延長所見によってのみなされてきた。しかし、潜時のみではなく、V波の振幅の変化に着目して術中モニタリングを行う方が、より鋭敏に蝸牛神経に生じる変化を捉えうるのではないかという指摘もなされてきた。本研究は、上記のような背景のもとに、我々が確立した定量的蝸牛神経変性モデルに基づいて、聴性脳幹反応術中モニタリングにおけるV波振幅変化の意義について検討したものである。我々の本研究の結果は下記であった。すなわち、聴性脳幹反応を脳神経外科手術時の術中モニタリング法として使用するとき、その潜時変化によって不可逆的蝸牛神経損傷の発生を未然に防ぐことは可能である。しかし、これに加えてV波の振幅変化に着目することによって、さらに鋭敏な術中モニタリングが可能となることが証明された。この結果はこれまでにないものであり、蝸牛神経変性防止上、新たな研究成果であったと言える。