著者
阿部 諒
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.240, 2020 (Released:2020-03-30)

かつて世界一周は限られた人が行うものであった。2000年代以降,世界一周する日本人旅行者は増加していると考えられる。その背景には治安の改善やSNSの普及,さらには世界一周航空券の販売がある。現代の世界一周旅行は多様性に富み,旅行を通じてさまざまな人びとが世界各地を訪れるようになった。しかし,筆者自身の世界一周旅行の体験からも,現代の世界一周旅行は多様化しつつも,それぞれの旅行者の行動には共通点や類似性があると考えられた。本研究では世界一周を「日本から西もしくは東方向に太平洋と大西洋を一度ずつ横断し,各地を観光・見物して戻ってくること」定義し,日本人世界一周旅行者の行動の空間的特徴を明らかにする。世界一周旅行は旅行者個人にとって,人生における「究極の旅行」であり,通常の旅行とは異なる意義をもつ。必然的に,その行動には世界一周旅行独自の様式や空間的特徴があると考えられる。 世界一周旅行者の情報は書籍,聞き取り調査,アンケート調査およびブログから入手した。聞き取り調査,アンケート調査は2019年3月に南米ボリビアのウユニで実施した。インターネット上で閲覧可能な100以上の世界一周旅行のブログから,既に旅行を終えている42のブログを対象とした。これらの方法で集めた世界一周旅行の情報を「訪問地」「移動」「イベント」の3つの視点から分析する。世界一周旅行者の訪問地を国別に見た場合,最も多いのはアメリカ(34人)であり,次いでペルー,スペイン(各30人),ボリビア,イギリス(各27人)であった。南米やヨーロッパ全体への訪問が目立つ一方で,東アジア各国への訪問者は少ない。具体的な訪問地として最も多かったのはウユニ塩湖(27人)で,他にも主にヨーロッパ,東南アジアの大都市と南米の有名観光地に集中している。世界一周旅行者は有名観光地,定番的観光地を中心に訪問するが,その中には通常の旅行では行きづらい場所も含まれる。一方でビザ取得の手間や治安の面から,秘境と呼ばれる地域を訪問する機会は少ない。世界一周は「無難な旅」である。 「移動」は「大陸間の移動」など,長距離移動に焦点をあてた分析を行った。その結果,アジア〜ヨーロッパ〜北米の北半球が移動の軸であり,そこから南に逸れるような形で南半球を訪れるのが一般的な世界一周ルートであるということが分かった。北半球は交通網が発達しており,移動しやすく,世界一周航空券も使用しやすい。訪問地の分析から,世界一周旅行者の多くは南米を一とする南半球の地域に強い指向性を持つことが明らかとなったが,長距離移動は北半球が中心である。南米から太平洋を横断し,帰国する際も,多くの旅行者は北半球,とくに北米の都市を経由する。世界一周旅行者は,一見行きたい場所に自由に行くように思われるが,現実的には,彼らの行動は既存の航空交通システムに強く制約される。世界一周は「制約のある旅」である。 「イベント」は旅行者が旅行中に遭遇した「想定外の出来事」を意味する。イベントは盗難,病気,交通機関のトラブル,人との出会い,の4つに大きくわけることができ,世界各地で遭遇する。世界一周旅行を通じて旅行者は「弱者」という立場に自分を置くことで自身の成長を期待する。最終的には「人との関わり」によって旅行者が少しずつ成長していき,旅行の意義を感じる。 現代の世界一周旅行は「弱者」が行う「無難ではあるが制約のある旅」である。これに加えて,各地を順番に巡っていく中で,彼らはさまざまなイベントを体験し,ゴール(帰国)する。旅行者は旅行中にイベントを通じて,困難な状況を解決するための力をつけていく。世界一周旅行はいわば「RPG」のようなものである。それが,ありきたりなコースをたどるだけの無難な旅行に,その人にとっては代え難い独自性を持たせ,世界一周旅行を意義づける。