著者
松多 信尚 陳 侃
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.189, 2022 (Released:2022-03-28)

はじめに 大規模な自然災害の発生を契機に,防災対策は防災・減災対策へと変化し,公助から自助・共助が重視され,それに合わせて防災教育も防災訓練などを通して命を守る教育から教科横断的に社会全体の脆弱性を減らすことが求められるようになった。 日本,台湾,中国大陸ではそれぞれ阪神淡路大震災,東日本大震災,集集地震,四川地震といった同じような大規模災害を経験したことで,防災・減災に対する考え方が変化した。防災教育もそれに合わせて大きく変化しつつある。一方,学校での防災教育は近年重視されているが,十分に伝達できないという事が指摘されている(一般社団法人防災教育推進協会, 2018)。そこで,本研究では防災教育の変化を分析し,十分に伝達できていない要因について,日本,台湾,中国大陸における防災教育を比較しながら考える。 研究方法 研究方法は,日本は平成元年から平成29年まで(合わせて四回の時期)の学習指導要領,現行の学習指導要領解説書および教科書(東京書籍),台湾においては,最新の日本の学習指導要領にあたる「十二年國民基本教育課程綱要」(2019),中国大陸では指導要領にあたる「課程標準」(2011)および関連する最新の教科書(人民教育出版社,2016または2018)に現れる防災教育の記述の変化を検討した。残念ながら台湾の現行の教科書は入手できなかった。検討方法は,それぞれのテキストの内容を「ChaSen」(日本語),「Stanford POS Tagger」(中国語)を用い使用単語などを分析し,KH Coder を用いてその関連性を明らかにした。次に日本地域(岡山市などの被災未経験地,神戸市など被災経験地)の小・中学校教員に対し,Web形式のアンケートを行い,教育現場の教員の防災や防災教育に対する意識を把握した。 結果と考察 学習指導要領や教科書の分析の結果,日本の第一時期(平成元年度の学習指導要領とその時期の教科書)では理科と防災訓練しかなかった防災訓練の記述が,阪神淡路大震災以降は社会科,家庭科,保健体育にまで広がっただけでなく,教科書で使用される語彙数や防災教育を主題とする単元の増加が見られた。また指導の際も,発達段階に合わせながらも,生徒たちが考えることや,状況に応じて自分の取るべき行動を判断する能力の育成が求められるようになり,主体的な判断力を育む防災教育への変化がみられ,東日本大震災以降その傾向が強まっていることがわかった。 現行の学習指導要領にみられる中国大陸と台湾の防災教育では,日本の過去第三時期(平成20年公示した学習指導要領)と似ており,その変化は大きな災害からの経過時間と関連していると推測された。一方で中国の教科書は,課程標準の内容が反映されていない部分がある。これは,教科書は学習指導要領の改正(防災教育の考え方の変化)に追いついていない可能性を示唆する。また,日本の教科書と比べて,共助に関する記述が少ないことや,知識を中心とする学びであることも特徴である。 アンケート調査結果は総数65の回答が得られた(その中被災経験のある地域24名,被災経験のない地域38名,地域不明3名)。数は少ないものの,現場の教員が防災訓練から教科横断型の防災教育への変化を実感しつつも,適切な判断能力に必要と思われる、現代社会の実態把握や,身近な地域の学習などを授業に反映している教員はまだ少なく,教員自身が防災教育に関する研修が必要だと考えていることなど,模索中である実態が示唆された。 以上から,防災教育は社会の変化に合わせて指導要領で求められることが変化しているものの,その変化に対して教科書や現場の先生の理解には時間遅れが生じており,現場の先生の理解を深めるための教材作成などが必要であることがわかった。 また,中国での防災教育が日本と比較して共助の記述が少ない背景には,土地と人間(社会やコミュニティー)との関係性の違いなども推察され,防災教育には普遍的な側面や場所に依存した局所的な側面があるだけでなく,民族的な考え方や国の状況などローカル(地域的region?)な側面も作用していることが考えられ,検討する必要がある。 今回の調査では,教科書の出版社数は限られていて,教科書自体も出版年により修正されることもあるなど検討が十分でないことや,アンケートの総数も限られてるなど,補足する必要がある。