著者
松多 信尚 太田 陽子 安藤 雅孝 原口 強 西川 由香 Switzer Adam LIN Cheng-Horng
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2010年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.88, 2010 (Released:2010-11-22)

台湾はユーラシアプレートとフィリピン海プレート上のルソン弧の衝突によって形成されている.その衝突速度は82mm/yr程度で衝突しており,多くの活断層やプレート境界が存在する.特に東海岸に大津波を起こす可能性のある給源としては,琉球トレンチと沖合の海底活断層が考えられる.もしそこで地震が発生すれば,東海岸の海底地形は急に浅くなることから,大きな津波が来襲すると考えられる.台湾の歴史津波記録は少ない.東海岸の詳細な記録があるのは日本統治時代以降である.その中には東海岸に大きな津波の襲来した記録はなく,チリ地震などでも津波が台湾に押し寄せたことは無かったため,台湾では東海岸には津波が来ないと信じる人が多い. しかし,台湾の東海岸は無人だったわけでなく,阿美族と言われる原住民族が主にすんでいた.彼らの伝承の中には”津波”を思わせる伝承も少なくない.その例の中に,阿美族の創世神話の一つがある. これは通りすがりの旅人の神がそこに住んでいた神の一家を懲らしめるために海の神に頼んで大波を起こすという話である.その中で海の神が旅人の神に「今日から五日後,月が丸くなった夜に海ががたんがたんと鳴るでしょう.その時あなた方は星のある山をめがけて逃げなさい」と言い,いよいよその日,旅人の神は星の輝く山に向け逃げ,山頂に着いた頃海はにわかに鳴り始め大波はみるみる高まって,そこに住んでいた神の一家を押し流す.しかし,大波に襲われた一家はかろうじて助かる.それを不満に感じた旅の神は再度海の神に頼むと,海の神は再度大波を起こす.とある.これは,まさに津波が押し寄せたと考えられる.南西の島に住むタオ族の伝説にも津波を思わせる言い伝えがある.この神話も突然大波が押し寄せたという.このように東海岸には津波が押し寄せたと思われる伝承が点在する. 最近の津波の記録と思われる話が成功という町に存在する.これは昭和12年に印刷された安倍明義著「台湾地名研究」にある.その中の新港(現在の成功)の説明には「この地名は大正九年にマラウラウを新港に改めた.」とあり,「8,90年前に畑地が津波に洗われて草木が皆枯死したために,その有様をラウラウといい地名とした」とある.8,90年前とは,経験者が生存している可能性もあり,確かな出来事と思われる.これは,1840-50年頃と思われる.我々はこの言い伝えを頼りに成功で津波堆積物を探す調査を実施した. 成功には5段の完新世段丘が分布する.川沿いの_I_面と_II_面は,厚い堆積物が見られる.これは,氷期でできた谷を埋めた堆積物と考えられる.一方東側に見られる海成の面と川沿いの_III_面の堆積物は厚くなく,基盤を確認することが出来る. 阿美族の集落は高位の段丘の上にあり,成功の地名の由来になった津波が阿美族の集落に被害が及んだ報告はない.したがって,最高位段丘まで遡上したことはないと考えられる.一方,_IV_,_V_面のみに津波が遡上したのであれば,その範囲は限られており,地名の変更を行うほどのインパクトがあったとは考えがたい.したがって,我々は_III_面まで津波が遡上したと考えて,掘削調査を行うことにした. 成功の町の中心部が位置する_III_面は_II_面によって川の陰になっており,堆積物は河成の礫質ではなく,海の影響が強い砂質で構成されると予想された.この_III_面の範囲は日本統治時代以前は湿地であり,日本人が段丘崖の基部に排水溝を掘ることで利用できる土地となったという.この話からこの範囲には湿地性の堆積物が予想された. 我々はまずハンドオーガーによって予備調査を新港中学校の西南の地点で行った.その結果,peatに挟まれた海の貝を含む砂が見られた.我々はこの砂の下位のpeatの年代を測定し,上部が1810-1570 Cal Yrs B.P.,下位が3070-2860 Cal Yrs .B.P.という値が得られたため,同地点を中心にジオスライサー調査を行った.その結果,陸生のカタツムリの殻が見られるpeat質な地層の間に厚さ50cm程度の二枚の海生の貝を含む砂層を確認し,砂層の間の地層から2340-2150 Cal yrs B.P.,下位の層から2990-2790 Cal yrs B.P.の年代を得た.これらの年代には,すでに海水準は安定しているため,海水準が上昇することはない.また,この地は7-15m/kyr程度の速度で隆起している.したがって,砂層堆積時の標高はかなり低かったと考えられ,離水した地域にイベント的に海水が入り込んだことは事実だが,津波と断定するのは難しい.しかし,我々は砂層が上方に細粒化することなどから,津波の可能性が高いと考えており,珪藻分析などを行う予定である. 調査の目的であった最近の津波の確実な証拠は認められなかった.
著者
松多 信尚 杉戸 信彦 後藤 秀昭 石黒 聡士 中田 高 渡辺 満久 宇根 寛 田村 賢哉 熊原 康博 堀 和明 廣内 大助 海津 正倫 碓井 照子 鈴木 康弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.214-224, 2012-12-31 (Released:2013-01-31)
参考文献数
26
被引用文献数
2 4

広域災害のマッピングは災害直後の日本地理学会の貢献のあり方のひとつとして重要である.日本地理学会災害対応本部は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震直後に空中写真の詳細な実体視判読を行い,救援活動や復興計画の策定に資する津波被災マップを迅速に作成・公開した.このマップは実体視判読による津波の空間的挙動を考慮した精査,浸水範囲だけでなく激甚被災地域を特記,シームレスなweb公開を早期に実現した点に特徴があり,産学官民のさまざまな分野で利用された.作成を通じ得られた教訓は,(1)津波被災確認においては,地面が乾く前の被災直後の空中写真撮影の重要性と (2)クロスチェック可能な写真判読体制のほか,データ管理者・GIS数値情報化担当者・web掲載作業者間の役割分担の体制構築,地図情報の法的利用等,保証できる精度の範囲を超えた誤った情報利用が行われないようにするための対応体制の重要性である.
著者
杉戸 信彦 松多 信尚 石黒 聡士 内田 主税 千田 良道 鈴木 康弘
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.124, no.2, pp.157-176, 2015-04-25 (Released:2015-05-14)
参考文献数
15
被引用文献数
5 8

Spatial variations of hazards such as strong ground motion and tsunami inundation are a key element for obtaining a geographical understanding of natural disasters. However, detailed distribution of tsunami run-up heights for the devastating tsunami associated with the 2011 off the Pacific coast of Tohoku earthquake is not available. A GIS analysis of tsunami inundation areas is conducted from data collected by the Tsunami Damage Mapping Team and from post-tsunami 2-m mesh and 5-m mesh digital elevation models (DEM) after the Geospatial Information Authority of Japan, in order to produce the Tsunami Run-up Height Map, which includes polygon data of inundation areas with elevation data at each point. Horizontal shifts of orthophotos taken just after the tsunami are corrected using a Helmert transformation. The map covers Iwate Prefecture, Miyagi Prefecture, and the northern part of Fukushima Prefecture continuously at high resolutions, and reveals spatial variations of tsunami run-up heights in detail. These variations are caused by: 1) landforms at each site, such as coastal plains, valleys, bays, and beach ridges, as well as their directions and magnitudes, and 2) source locations, interference, and wavelengths of the tsunami, as implied by a previous study. The map supports examination carried out on source fault models and simulation results of tsunamis from a geographical viewpoint. At the same time, the methodology to produce the map would be useful for systematically revealing run-up height distribution, in addition to inundation areas immediately after future tsunamis.
著者
荒木 一視 岩間 信之 楮原 京子 田中 耕市 中村 努 松多 信尚
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100001, 2015 (Released:2015-10-05)

災害に対する地理学からの貢献は少なくない。災害発生のメカニズムの解明や被災後の復旧・復興支援にも多くの地理学者が関わっている。そうした中で報告者らが着目したのは被災後の救援物資の輸送に関わる地理学的な貢献の可能性である。 救援物資の迅速かつ効果的な輸送は被害の拡大を食い止めるとともに,速やかな復旧・復興の上でも重要な意味を持っている。逆に物資の遅滞は被害の拡大を招く。たとえば,食料や医薬品の不足は被災者の抵抗力をそぎ,冬期の被災地の燃料や毛布の欠乏は深刻な打撃となる。また,夏期には食料の腐敗が早いなど,様々な問題が想定される。 ただし,被災地が局地的なスケールにとどまる場合には大きな問題として取り上げられることはなかった。物資は常に潤沢に提供され,逆に被災地の迷惑になるほどの救援物資の集中が,「第2の災害」と呼ばれることさえある。しかしながら,今般の東日本大震災は広域災害と救援物資輸送に関わる大きな問題点をさらすことになった。各地で寸断された輸送網は広域流通に依存する現代社会の弱点を露わにしたといってもよい。被災地で物資の受け取りに並ぶ被災者の長い列は記憶に新しいし,被災地でなくともサプライチェーンが断たれることによって長期間に渡って減産を余儀なくされた企業も少なくない。先の震災時に整然と列に並ぶ被災者を称えることよりも,その列をいかに短くするのかという取り組みが重要ではないか。広域災害時における被災地への救援物資輸送は,現代社会の抱える課題である。それは同時に今日ほど物資が広域に流通する中で初めて経験する大規模災害でもある。    遠からぬ将来に予想される南海トラフ地震もまた広い範囲に被害をもたらす広域災害となることが懸念される。東海から紀伊半島,四国南部から九州東部に甚大な被害が想定されているが,これら地域への救援物資の輸送に関わっては東日本大震災以上の困難が存在している。第1には交通網であり,第2には高齢化である。 交通網に関してであるが,東北地方の主要幹線(東北自動車道や東北本線)は内陸部を通っており,太平洋岸を襲った津波被害をおおむね回避しえた。この輸送ルート,あるいは日本海側からの迂回路が物資輸送上で大きな役割を果たしたといえる。しかしながら,南海トラフ地震の被災想定地域では,高速道路や鉄道の整備は東北地方に比べて貧弱である。また,現下の主要国道や鉄道もほとんどが海岸沿いのルートをとっている。昭和南海地震でも紀勢本線が寸断されたように,これらのルートが大きな被害を受ける可能性がある。また,瀬戸内海で山陽の幹線と切り離され,西南日本外帯の険しい山々をぬうルートも土砂災害などに対して脆弱である。こうした中で紀伊半島や四国南部への救援物資輸送は問題が無いといえるだろうか。 同時に西日本の高齢化は東日本・東北のそれよりも高い水準にある。それは被災者の災害に対する抵抗力の問題だけでなく,救援物資輸送にも少なからぬ影響を与える。過去の災害史をひもとくと,救援物資輸送で肩力輸送が大きな役割を果たしたことが読み取れる。こうした物資輸送に携われる労働力の供給においてもこれらの地域は脆弱性を有している。     以上のような状況を想定した時,南海トラフ地震をはじめ将来発生が予想される広域災害に対して,準備しなければならない対応策はまだまだ多いと考える。耐震工事や防波堤,避難路などの災害そのものに対する対策だけではなく,被災直後から始まる救援活動をいかに迅速かつ効率よく実施できるかということについてである。その際,被災地における必要な救援物資の種類と量を想定すること,救援物資輸送ルートの災害に対する脆弱性を評価し,適切な迂回路を設定すること,それに応じて集積した物資を被災地へ送付する前線拠点や後方支援拠点を適切な場所に設置すること等々,自然地理学,人文地理学の枠組みを超えて,地理学がこれまでの成果を踏まえた貢献ができる余地は大きいのではないか。議論を喚起したい。
著者
東郷 正美 佐藤 比呂志 池田 安隆 松多 信尚 増淵 和夫 高野 繁昭
出版者
日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.1996, no.15, pp.1-8, 1996-11-29 (Released:2012-11-13)
参考文献数
16

By excavation of the Ochikawa-Ichinomiya remain located on the flood plain along Tama River near the boundary between Tama City and Hino City, Tokyo metropolitan area, a fault was found in young alluvium. This fault is regarded as the continuation of Tachikawa fault, a major active fault existing in the left bank area of Tama River, because it is located on the southeastern extension of Tachikawa fault line, and its strike is almost parallel to the Tachikawa fault.Detailed investigation of the fault outcrop made it clear that the last faulting event on the Tachikawa fault had occurred after A. D.1020-1158, the mid-Heian period. At this place, the last faulting event was dominantly strike slip with horizontal shortening of about 0.6 m.
著者
鈴木 康弘 杉戸 信彦 坂上 寛之 内田 主税 渡辺 満久 澤 祥 松多 信尚 田力 正好 廣内 大助 谷口 薫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.37-46, 2009 (Released:2010-02-24)
参考文献数
16

活断層の詳細位置・変位地形の形状・平均変位速度といった地理情報は,地震発生予測のみならず,土地利用上の配慮により被害軽減を計るためにも有効な情報である.筆者らは糸魚川-静岡構造線活断層帯に関する基礎データと,活断層と変位地形の関係をビジュアルに表現したグラフィクスとをwebGIS上に取りまとめ,「糸魚川-静岡構造線活断層情報ステーション」としてインターネット公開した.本論文は,被害軽減に資する活断層情報提供システムの構築方法を提示する.これまでに糸魚川-静岡構造線北部および中部について,平均変位速度の詳細な分布を明らかにした.この情報は,断層の地震時挙動の推定や強震動予測を可能にする可能性がある.さらに縮尺1.5万分の1の航空写真を用いた写真測量により,高密度・高解像度DEMを作成した.人工改変により消失している変位地形については,1940年代や1960年代に撮影された航空写真の写真測量により再現し,その形状を計測した.写真測量システムを用いた地形解析によって,断層変位地形に関する高密度な解析が可能となり,数値情報として整備された.
著者
高橋 誠 松多 信尚
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.124, no.2, pp.193-209, 2015-04-25 (Released:2015-05-14)
参考文献数
18
被引用文献数
6 5

Generally, the impacts of a tsunami can be understood in terms of the corresponding relationships between hazard scale and extent of building damage and loss of human life. Focusing on community-scale statistics of the municipalities of Kamaishi, Kesen'numa, Minami-sanriku, and Yamamoto, which were severely affected by the 2011 Tohoku Earthquake, significant variations are observed in the mortality rates at affected villages that experienced the same levels of building damage. Moreover, differences in the geographical locations of the villages also impact their mortality rates. A village with a high mortality rate is situated either on a coastal plain or on an inland valley plain some distance from the sea, whereas a village with a low mortality rate is paradoxically in close proximity to the sea, often facing a small bay. Close interrelationships are identified among geographical conditions and possible evacuation activities, which relate to the geographical imaginations of inhabitants based on their inherent local knowledge and interactions with physical and built environments. Interviews with survivors indicate decisions to escape could not be made quickly after the earthquake occurred. Rather, people were confused regarding the occurrence and magnitude of the tsunami and the provision of evacuation sites. The tsunami waves were often different from those that were formally forecast and broadcast, which compelled people to act flexibly. Consequently, it is argued that it is necessary to emphasize the effects of local geographies on interactions between tsunami waves and evacuation activities from a grassroots perspective when preparing for future tsunamis.
著者
松多 信尚 陳 侃
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.189, 2022 (Released:2022-03-28)

はじめに 大規模な自然災害の発生を契機に,防災対策は防災・減災対策へと変化し,公助から自助・共助が重視され,それに合わせて防災教育も防災訓練などを通して命を守る教育から教科横断的に社会全体の脆弱性を減らすことが求められるようになった。 日本,台湾,中国大陸ではそれぞれ阪神淡路大震災,東日本大震災,集集地震,四川地震といった同じような大規模災害を経験したことで,防災・減災に対する考え方が変化した。防災教育もそれに合わせて大きく変化しつつある。一方,学校での防災教育は近年重視されているが,十分に伝達できないという事が指摘されている(一般社団法人防災教育推進協会, 2018)。そこで,本研究では防災教育の変化を分析し,十分に伝達できていない要因について,日本,台湾,中国大陸における防災教育を比較しながら考える。 研究方法 研究方法は,日本は平成元年から平成29年まで(合わせて四回の時期)の学習指導要領,現行の学習指導要領解説書および教科書(東京書籍),台湾においては,最新の日本の学習指導要領にあたる「十二年國民基本教育課程綱要」(2019),中国大陸では指導要領にあたる「課程標準」(2011)および関連する最新の教科書(人民教育出版社,2016または2018)に現れる防災教育の記述の変化を検討した。残念ながら台湾の現行の教科書は入手できなかった。検討方法は,それぞれのテキストの内容を「ChaSen」(日本語),「Stanford POS Tagger」(中国語)を用い使用単語などを分析し,KH Coder を用いてその関連性を明らかにした。次に日本地域(岡山市などの被災未経験地,神戸市など被災経験地)の小・中学校教員に対し,Web形式のアンケートを行い,教育現場の教員の防災や防災教育に対する意識を把握した。 結果と考察 学習指導要領や教科書の分析の結果,日本の第一時期(平成元年度の学習指導要領とその時期の教科書)では理科と防災訓練しかなかった防災訓練の記述が,阪神淡路大震災以降は社会科,家庭科,保健体育にまで広がっただけでなく,教科書で使用される語彙数や防災教育を主題とする単元の増加が見られた。また指導の際も,発達段階に合わせながらも,生徒たちが考えることや,状況に応じて自分の取るべき行動を判断する能力の育成が求められるようになり,主体的な判断力を育む防災教育への変化がみられ,東日本大震災以降その傾向が強まっていることがわかった。 現行の学習指導要領にみられる中国大陸と台湾の防災教育では,日本の過去第三時期(平成20年公示した学習指導要領)と似ており,その変化は大きな災害からの経過時間と関連していると推測された。一方で中国の教科書は,課程標準の内容が反映されていない部分がある。これは,教科書は学習指導要領の改正(防災教育の考え方の変化)に追いついていない可能性を示唆する。また,日本の教科書と比べて,共助に関する記述が少ないことや,知識を中心とする学びであることも特徴である。 アンケート調査結果は総数65の回答が得られた(その中被災経験のある地域24名,被災経験のない地域38名,地域不明3名)。数は少ないものの,現場の教員が防災訓練から教科横断型の防災教育への変化を実感しつつも,適切な判断能力に必要と思われる、現代社会の実態把握や,身近な地域の学習などを授業に反映している教員はまだ少なく,教員自身が防災教育に関する研修が必要だと考えていることなど,模索中である実態が示唆された。 以上から,防災教育は社会の変化に合わせて指導要領で求められることが変化しているものの,その変化に対して教科書や現場の先生の理解には時間遅れが生じており,現場の先生の理解を深めるための教材作成などが必要であることがわかった。 また,中国での防災教育が日本と比較して共助の記述が少ない背景には,土地と人間(社会やコミュニティー)との関係性の違いなども推察され,防災教育には普遍的な側面や場所に依存した局所的な側面があるだけでなく,民族的な考え方や国の状況などローカル(地域的region?)な側面も作用していることが考えられ,検討する必要がある。 今回の調査では,教科書の出版社数は限られていて,教科書自体も出版年により修正されることもあるなど検討が十分でないことや,アンケートの総数も限られてるなど,補足する必要がある。
著者
岡田 真介 坂下 晋 今泉 俊文 岡田 篤正 中村 教博 福地 龍郎 松多 信尚 楮原 京子 戸田 茂 山口 覚 松原 由和 山本 正人 外處 仁 今井 幹浩 城森 明
出版者
社団法人 物理探査学会
雑誌
物理探査 (ISSN:09127984)
巻号頁・発行日
vol.71, pp.103-125, 2018 (Released:2018-12-28)
参考文献数
43
被引用文献数
2

活断層の評価を行うにあたっては,断層の地下形状も重要な情報の1つである。地下数十m以深の情報は,主に物理探査の結果から得ることができる。これまでには,物理探査は横ずれ活断層にはそれほど多く適用されてこなかったが,本研究では各種の物理探査を行い,横ずれ活断層に対する物理探査の適用性について検討した。対象地域は,近畿地方北西部の花崗岩地域に分布する郷村断層帯および山田断層帯として,4つの測線において,多項目の物理探査(反射法地震探査・屈折法地震探査・CSAMT探査・重力探査)を実施した。その結果,反射法地震探査は,地表下200〜300 m程度までの地下構造を,反射面群の不連続としてよく捉えていた。しかし,活断層の変位のセンスと一致しない構造も見られ,他の物理探査の結果と比較する必要があることがわかった。屈折法地震探査は,原理的に断層の角度を限定することは難しいが,横ずれ活断層の運動による破砕の影響と考えられる低速度領域をよく捉えることができた。CSAMT探査では,深部まで連続する低比抵抗帯が認められ,地下の活断層の位置および角度をよく捉えていたが,活断層以外に起因する比抵抗構造変化も捉えていることから,他の探査との併用によって,その要因を分離することが必要である。重力探査は,反射法地震探査と同様に上下変位量の小さい横ずれ活断層に対しては適さないと考えられてきたが,測定の精度と測定点密度を高くすることにより活断層に伴う重力変化を捉えることができた。
著者
松多 信尚 石黒 聡 村瀬 雅之 陳 文山
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.247, 2011

台湾島はフィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界に位置し,フィリピン海プその収束速度は北西―南東方向に90 mm/yrと見積もられている(Sella et al., 2002).台東縦谷断層は地質学的なプレート境界と考えられ,その東側は付加した堆積岩や火山岩で構成された海岸山脈,西側は変成岩からなる中央山脈である. 台東縦谷断層は台東縦谷の東縁に位置する東側隆起の逆断層で,奇美断層付近を境に北部と南部に分けられる.南部は北から玉里断層,池上断層,利吉断層,利吉断層の西側に併走する鹿野断層などが分布する.これらの断層は逆断層がクリープしているとされ,GPSによる測地データ(Lee et al., 2003)だけでなく,水準測量(Matsuta et al., 2009)やクリープメータ(Angelier et al.,1986 etc)でそのクリープ運動の確認がなされ,20-30mm/yr程度の早さで短縮しているとされている.一方,台東縦谷断層は1951年にマグニチュード7前後の地震を立て続けに起こした.北部のセグメントは複数のトレンチ調査の結果,活動間隔が約170-210年程度と報告されている.南部のセグメントでは活動間隔が100年程度と推定され,2003年の成功地震が1951年の地震の次のイベントだと考えれば50年程度の可能性もあるとされる(Chen et al., 2007 ).玉里断層はクリープしている区間の北端に位置する.この断層は,1951年の地震では縦ずれ1.5m以上の地震断層として出現しているため,地表変形はクリープ運動と地震性変位の両方による.我々はこの断層を横断する30kmの測線で水準測量を2008年より毎年8月に実施し,玉里断層を挟む200mの区間で年間1.7cm,約1.5kmの区間で約3cmの隆起が2年間認められた.この運動が継続しているならば,過去30年間の累積変位量は1m近くなることが予想され,空中写真測量を用いた平面的な変位量の分布を得ることを試みた. 台湾における空中写真は最近ではほぼ毎年更新されている.我々は台湾大學所有の1978 年撮影の約2 万分の1 の縮尺の空中写真と2007 年撮影のほぼ同じ縮尺の空中写真を利用して航空写真測量を試みた.座標変換に用いるグランドコントロールポイント(GCP) は2007 年撮影の航空写真に関しては2009 年12 月に実測し,1978 年撮影の航空写真に関しては当時の三角点の測量記録を用いて補正した.それぞれの写真の座標を求めた後,ほぼ同じ位置の地形断面を測量し,地形断面を比較した. 我々は写真測量の誤差は絶対値では大きいが,地形断面上の相対誤差はより小さいと考え比較した. 我々は1978年の空中写真の同定に利用するGCPを得る必要があるが変位を受ける前の位置を実測することは出来ない.そこで,両年代に実測された三角点の座標差を利用して,1978年当時のGCPを推定した. まず,求めたいGCP点を三角点の近傍に見つけ,三角点とそのGCP点との相対位置は十分に小さく両者は同じ変位をしたと考え,2007年度の空中写真上で位置を計測した. 我々は空中写真判読から地形面を7段に分類し古い面からT1―T7とした.特に断層上盤側にはT3からT7までの5面が分布する.これらの地形の年代は不明であるが,堆積物の風化程度や赤色化の度合いなどから, T4面以下の離水年代は1万年前程度と推定される.対象地域南部の地域では断層運動に伴うと思われるバルジ状の地形が確認できるほか,分岐断層や逆向きの高角断層などがあり,複雑な断層トレースが認められる. その結果T4面はT7面に対して,変位が累積していること.逆向き断層についてはT4面で明瞭であるが,T7面では顕著でないことなどがわかった. 調査範囲北部の断面である,Line1-3は,30年間に断面図を比較すると上盤側が隆起していることが確認できた.一方南部の測線では,人工改変を除けばほぼ地形断面が重なり,北部と比較して,顕著な上下変位を認められない. これは写真測量の精度の問題か,変位量の分布に狭い範囲で地域差があるか今後検討が必要であり,新たに水準の測線を昨年設けた. 水準測量の測線はT7段丘上にある.この段丘面は台東縦谷断層と平行にブロードな背斜・向斜状の地形が認められる.この段丘を刻む東側から流れ出る支流は背斜軸を横断して先行谷化して本流と合流している.このことはこの背斜・向斜状の地形が変位地形である可能性が高い事を示す.この背斜・向斜構造は水準測量でも観測されており,普遍的な変形と考えられる.ただし,水準測量の結果は測線が構造と斜行しているため,断層形状の側方変化等を見ている可能性もあり,その検証のための新たな水準測線も昨年設けた.
著者
澤 祥 坂上 寛之 隈元 崇 渡辺 満久 鈴木 康弘 田力 正好 谷口 薫 廣内 大助 松多 信尚 安藤 俊人 佐藤 善輝 石黒 聡士 内田 主税
出版者
Japanese Society for Active Fault Studies
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2006, no.26, pp.121-136, 2006

We conducted a tectonic geomorphological survey along the northern part of the Itoigawa-Shizuoka Tectonic Line (ISTL) with support from the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology of Japan as one of the intensive survey on ISTL fault system. This survey aims to clarify the detailed distribution of the slip rates of this fault system, which provides the essential data set to predict the coseismic behavior and to estimate the strong ground motion simulation. In order to achieve this purpose, the active fault traces are newly mapped along the northern part of the ISTL through interpretations of aerial photographs archived in the 1940s and 1960s at scales of 1: 10,000 and 1: 20,000, respectively. This aerial photo analysis was also supplemented and reinforced by field observations.<BR>One of the remarkable results by using this data set is a large number of, here 84, photogrammetrically measured landform transections to quantify the tectonic deformations. We could calculate vertical slip rates of the faults at 74 points, based on the estimated ages of terraces (H: 120 kyrs, M: 50-100 kyrs, Ll: 10-20 kyrs, L2: 4-7 kyrs, L3: 1-2 kyrs). The vertical slip rates distributed in the northern part of the study area show 0.2-5.5 mm/yr on the L terraces (less than 20 kyrs) and 0.05-0.9 mm/yr on the M and H terraces (more than 50 kyrs). The vertical slip rates of the faults located in the central and southern part of the study area are 0.2-3.1 mm/yr.
著者
廣内 大助 竹下 欣宏 松多 信尚 杉戸 信彦 藤田 奈津子 石山 達也 安江 健一
出版者
信州大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では糸魚川ー静岡構造線活断層帯における過去の活動履歴や活動性について,精密な古地震調査や変動地形調査に基づいて明らかにした.とくに従来の予測よりも一回り小さな地震であった2014年地震の発生を受け,同断層帯がどのような活動を示すのかを調査し,活断層の活動特性を明らかにすることを目指した.その結果2014年と同様の一回り小さな地震が1714年にもあった一方,約1000年前にはこれよりも大きな断層活動を示す巨大地震もあり,同断層はタイプの異なる地震を相補的に発生しながら,繰り返してきたことが明らかとなった.
著者
荒木 一視 岩間 信之 楮原 京子 熊谷 美香 田中 耕市 中村 努 松多 信尚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.526-551, 2016 (Released:2017-03-29)
参考文献数
40
被引用文献数
2

東日本大震災を踏まえて,広域災害発生時の救援物資輸送に関わる地理学からの貢献を論じた.具体的には遠くない将来に発生が予想される南海トラフ地震を念頭に,懸念される障害と効果的な対策を検討した.南海トラフ地震で大きな被害が想定される西南日本の太平洋沿岸,特に紀伊半島や南四国,東九州は主要幹線路から外れ,交通インフラの整備が遅れた地域であると同時に過疎化・高齢化も進んでいる.また,農村が自給的性格を喪失し,食料をはじめとした多くを都市からの供給に依存する今日の状況の中で,災害による物資流通の遮断や遅延は,東日本大震災以上に大きな混乱をもたらすことが危惧される.それを軽減するためには,迅速で効果的に物資を輸送するルートや備蓄態勢の構築が必要であるが,こうした点に関わる包括的な取組みは,防災対策や復興支援などの従来的な災害対策と比べて脆弱である.
著者
早川 裕弌 松多 信尚 前門 晃 松倉 公憲
出版者
日本地形学連合
雑誌
地形 (ISSN:03891755)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.21-36, 2013-01-25

Recession rates of four waterfalls formed by the surface deformation of the Chelungpu Fault at the time of Chi-Chi Earthquake on September 21, 1999 in central Taiwan were measured in the field and assessed with an empirical model of waterfall erosion. The model represents the balance between the erosive force of streams versus bedrock resistance with relevant environmental parameters of discharge (drainage area and precipitation), waterfall form and bedrock strength. The recession rates of three waterfalls increased from the first 6 years to the following 4 years. This increase in the recession rates basically corresponds to the changes in environmental factors including precipitation increase and waterfall width narrowing. The recession rate of another waterfall decreased, but this can be explained by artificial modification of riverbed. The recession rates are very high comparing with waterfalls in other places, probably due to large amount of hard gravels transported on the weak bedrock from the upstream areas.
著者
松多 信尚 池田 安隆 今泉 俊文 佐藤 比呂志
出版者
日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2001, no.20, pp.59-70, 2001 (Released:2013-03-22)
参考文献数
12
被引用文献数
1

The Kamishiro fault is one of the major active faults constituting the Itoigawa-Shizuoka Tectonic Line (ISTL) in central Japan. The Kamishiro fault is an east-dipping reverse fault. This fault cuts and warped the young lake deposits (late Pleistocene and Holocene in age) in the Kamishiro basin. The slip rate on the Kamishiro fault near the surface has been estimated by Geo-Slicer and shallow drillings survey, but was found to be significantly smaller than the vertical slip-rate that was estimated from the displacement of the AT volcanic ash. We carried out a 55 m deep drilling and a seismic reflection profiling using S-waves in this basin to clarify the subsurface structure of the Kamishiro fault. As a result, it was clarified that the Kamishiro fault is associated with drag folding near the surface. If we take the drag folding into account, the overall rate of slip on the fault would be as high as 4.4-5.2mmlyr during the past 28ka.