著者
青木 芳夫
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.32, pp.51-65, 2004-03

筆者は、現在、『グレゴリオ・コンドリ・ママー二自伝』を日本語に翻訳しているところである。グレゴリオは、20世紀前半の、まだ半封建的な風習が残るペルー・アンデスの農村で孤児として育ち、やがてクスコ市内に移住するが、晩年の1960・70年代には一介の荷担ぎ人夫として暮らした。自らの辛酸の数々を伝えるために、その生涯を若き人類学者のバルデラマらに語る決心をした。この『自伝』は単なるオーラル・ヒストリーではなく、自らの経験をも伝承風に語れる、稀代の語り部、グレゴリオを得たことにより、口頭伝承の宝庫ともなっている。本稿では、その伝承を「アンデスの自然」「アンデスの神々」「牛泥棒」「スペイン人・キリスト教・文明」に分類し、紹介する。
著者
青木 芳夫
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.19, pp.p59-77, 1991-03

1989年11月20日、第44回国連総会は、無投票、全会一致で「子供の権利に関する条約」(略称、子供の権利条約)を採択した。1959年の国連「子供の権利宣言」が、ここに権利条約へと発展を遂げたのである。そして、1990年8月末までに、31ヵ国が批准したことにより、権利条約は9月2日に発効した。さらに105ヵ国が、「署名」によって将来批准する意思のあることを示している。日本は、ニューヨークの国連本部における「子供のための世界サミット」の開幕を直前に控えた9月22日、ようやく署名した。本稿では、これを機会に、筆者が専門としているラテンアメリカ地域、とくにペルーの子供について若干検討することにしたい。なお、筆者は、妻アンヘリカ・パロミーノとともに、1986年以来、「児童画の国際交流をすすめる画塾協会」(The Private Art School Society to Encourage Intemational Exchange of Children's Art 略称、The PASS )の交流事業を支援する機会を得た。そして、この交流相手のひとつとして、筆者自身が1985年に受講したケチュア語の集中講座を主催しているカトリック教会系の「解放の神学」の実践機関であるアンデス司牧研究所(Instituto de Pastoral Andina )を通じて紹介されたのが、やはりカトリック教会系の「子供を支援する会」(Asociacion Ayuda a la Ninez )であり、同機関が支援するストリート・チルドレン」のグループ「フチュイ・ルナ」(Huch' uy Runa )であった。この交流における筆者の体験等を通じて、ペルー・クスコの子供について、また日本のわれわれとの関わりについて、最近流行の用語を使うならば「国際化」はどうあるべきかについて、考えることにする。
著者
青木 芳夫
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.28, pp.77-93, 2000-03

本稿では、再び家族と一緒に5ヵ月間生活することとなったペルー・アンデス南部村落のユカイ村がこの5年間にどのような持続と変容を経験したのかを分析する。第一の特徴である持続では、エネルギー・資源利用ならびに食生活を通じて、今日でも自足を旨とし、現金支出はできるだけ抑制しようとする姿を記述する。第二の特徴である変容では、社会経済的変化に伴う兼業化・離農を契機とした、自給農業における労働力調達や伝統的宗教儀礼における人間関係の変容を指摘する。