著者
高橋 春成
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.18, pp.87-99, 2010

シシ垣は、漢字で「猪垣」、「鹿垣」、「猪鹿垣」と書く。遺構といえば、これまで貴族や豪族、武士などの遺構1が注目され、農民の遺構であるシシ垣の多くは等閑視されてきた。平成17年施行の文化財保護i法の一部改正により、「文化的景観」が新たに文化財に位置づけられ、シシ垣も「農林水産業に関連する文化的景観」として注目されるようになったことは意義深い。これを機に、今後さらに、全国のシシ垣のデータベース作り、シシ垣の文化財指定、シシ垣の保存と有効活用についての取り組みを推進する必要がある。
著者
高橋 春成
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.23, pp.1-12, 2015

近年、我国ではイノシシの分布拡大が顕著である。その中で、イノシシが海を泳いで周辺の島々に渡っている事例もみられる。今回は、そのような地域の一つである南西諸島において実態調査を行った。その結果、奄美群島では、主として海岸部で行われる猟犬を使った狩猟圧や駆除圧によって在来のリュウキュウイノシシが周辺の島に渡っていることが明らかになった。今後はさらに、食料獲得など生態的な要因に関する調査も必要である。一方、慶良間列島では、持ち込まれたニホンイノシシが野生化し、周辺の島に侵入している実態が明らかになった。当地は、ラムサール条約湿地として登録され、国立公園にも指定されている。アオウミガメの産卵地、ベニアジサシやコアジサシなどの海鳥の繁殖地があり、侵入したニホンイノシシによる卵や孵化した子などの食害、営巣の妨害などが懸念され、今後の早急な対応が求められる。
著者
塩出 貴美子
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
vol.19号, pp.92-124, 2011-03

筆者は先に奈良絵本の新たな一例として富美文庫所蔵の「ふしみときは」(以下、富美文庫本と称する)を紹介し、その藤園堂本とほぼ同じであること、一方、挿絵は西尾市岩瀬文庫所蔵の奈良絵本(以下、岩瀬文庫本と称する)と最も親近性があることを明らかにした。ただし、その時点では岩瀬文庫本の全容を把握していなかったが、その後の調査により、その図様の淵源は藤園堂本、さらにはサントリー本にまでさかのぼりうるであろうと考えるに至った。それは、つまり富美文庫本の図様の淵源もそこまで遡り得るであろうということである。本稿では、この点を明らかにするために、上記四作品の図様を比較する。また、併せて詞書あるいは本文と絵との関係を検討し、これらを通じて「ふしみときは」における絵巻と奈良絵本の関係を考察することにしたい。
著者
實 清降
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.11, pp.109-126, 2003

公共交通は地域住民の足である。第二次大戦後、都市を郊外へと発展させていった原動力として「車」の役割は大きい。米国を始め新大陸の国々では特に顕著である。米国では、強引な自動車資本の政界工作によって「路面電車」は忽然と都市交通からその姿を消してしまった。然し、近年情況が変わってきた。高齢化、環境にもやさしいまちづくりが喧伝され、公共交通のもつ比重がとみに増した。LRTの増設、「バスの無料化」など、環境にもやさしい交通を軸にしたまちづくりが進んでいる。日本も傾向としては米国と同じである。だが、公共交通政策が「独立採算」をベースになされたために、民鉄、バス、とりわけ、路面電車はドラスティックな消滅を余儀なくされた。現在、日本は急速に「高齢者大国」になり、「交通弱者大国」の様相を呈してきている。ここに、交通弱者の「公共交通民権」を補償する責務が生じ、「公共交通」を軸にしたまちづくりの取り組みが始まった。例えば、「路面電車を充実し、可能な限りLRTを導入」とか「コミュニティバスの導入」がそれである。当論文で日米の公共交通をベースに据えたまちづくりの取り組みの比較を試みた。
著者
正司 哲朗 エンフトル アルタンゲレル
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.22, pp.95-110, 2014

本研究の目的は、ウイグル帝国、遼(契丹)、モンゴル帝国に建築された城郭都市に残された仏教施設を中心にディジタルアーカイブすることである。さらに、現存する城郭都市の構造情報を後世に残すとともに、保護・保存の重要性を世界的に発信することである。本稿では、契丹(遼)の城郭都市遺跡であるチントルゴイ城跡から出土した遺物をディジタルアーカイブした。さらに、ウイグル帝国の城郭都市であるバイバリク遺跡、ハルバルガス遺跡、および契丹(遼)の城郭都市であるハル・ブフ城跡の上に、16-17世紀初頭に築いた石造建築物である仏塔をディジタルアーカイブした結果を報告する。
著者
西山 要一
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.13, pp.95-104, 2005

日本の古代金銅仏を代表する東大寺盧舎那仏(大仏)は、天平勝寳4年(752)に完成し開眼供養が行われた。しかし、鎌倉時代・治承4年(1180)の平重衡の南都焼き討ちによる東大寺金堂(大仏殿)の炎上と重源による建久6年(1195)の再建、さらに室町時代・永禄10年(1567)の松永久秀の三好三人衆攻めによる再度の金堂炎上と江戸時代・元禄5年(1692)の公慶による再興と、2度にわたる被災と再建を繰り返してきた。大仏は被災のたびに像上部が失われ、再建のたびに消失部分を追加鋳造した結果、現在の大仏は蓮華座から膝までが天平時代、腹部が鎌倉時代、胸から頭部までが江戸時代の造作といわれている。
著者
明石 岩雄
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.8, pp.65-76, 2000

本稿は、所報では論文として掲載していただいたが、むしろ現在進行中の作業のいわば中間報告と言うべきものである。筆者は平成9年度の本学研究助成50万円を表題の実現のために申請し、許可された。当初は1915年から1945年いたる、すでに作成済みの戦前『大阪朝日新聞・奈良版』(microfilm)見出目録のデータベース化の作業を出来るだけ完成するつもりであった。しかし、作業は極めて困難で、結果的には1915年から1923年までの分、見出件数(勿論必要な個人プライバシーの保護のために削除した分を除いて)3万9000余件のデータベース化を成功したにとどまった。おそらく、この作業が完成するにはさらに5年から10年の期間が必要であろう。最終的にデータベース化された見出件数は15万件から20万件に及ぶ、と予想している。冒頭で筆者が述べた理由は以上の意味においてである。
著者
元濱 涼一郎
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.17, pp.41-54, 2009

本稿は、近世の旧賎民が「特殊部落」として近代に再編され、それが現代の「被差別部落」となっているとの立場にたってこれを論じるものではない。それはそもそも、近代にあっても、なお賎民の系譜の連続性が特定の地域を担保して保持されたという虚構を前提としているというだけではなく、差別そのものの根拠を、系譜に求めるという意味で、近代以前の意識そのものを体現しているという点で、二重の矛盾を来たしていると言うべきであろう。近代において、「部落史」が「国民史」として記述されるに至っている現状への批判(畑中敏之、注①)は当然であると言わなくてはなるまい。従って、ここでは、いわゆる「被差別部落」とされる地域と、そこに居住する住民との関係を、人口統計を手掛かりとして見ていくこととしたい。その結果は、「部落」住民とその歴史的系譜について想定されている関係の根拠が、驚くほど薄弱なものであることを示すことになるであろう。以下、広く受容された観念と現実との対照が問題になるが、理論的含意としては、イメージと現実との関係の一具体例を検討することである。先ず、その前提として、近世における賎民層の存在形態を整理しておくことにする。
著者
八ッ塚 一郎
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.287-288, 2000-03

1995年の阪神・淡路大震災において興隆をみた災害救援ボラソティア活動は、その後の日本社会に対して深甚な影響を与えた。政策担当者が、災害救援のみならず、福祉、国際交流、人権擁護、政策提言等々の広範な領域にわたって、市民の力としてのボラソティアの活用とその活性化を謳うようになったのは、もとより80年代以降のNGOの影響力拡大という動向もあったものの、直接的には阪神大震災を契機としてのことである。筆者は、阪神大震災の発災以来、直接被災地に身を置きボラソティア活動に参加することを通じて、この大きな変動過程を調査してきた。この調査活動を通じて、筆者は、災害救援活動に従事したボラソティア団体が直接残した、記録、資料名鑑類を収集してきた。これら集積した資料とあわせ、特に今回は、文書的な素材を対象に、社会心理学的な分析を試みた。すなわち、筆者が年来理論的研究に従事している、社会心理学における社会的構成主義の動向、具体的には社会的表象の理論に依拠して、災害救援ボラソティアという社会現象を、日本社会の変容過程のなかにおける、新しい社会的現実の構成過程として把握することを試みた。この試みは、同時に、社会的構成主義の考え方に基づいた具体的研究に関する、新しい内容分析技法の確立という側面をも含んだものである。
著者
宮坂 靖子
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.23, pp.69-84, 2015

本稿の目的は、中国の都市中間層で増加している専業主婦の実態を把握し、中国の専業主婦規範の特徴を明らかにしたうえで、中国と日本の専業主婦規範の差異を考察することである。2013年10月~ 11月にかけて、遼寧省大連市内において9 名の専業主婦に対してインタビュー調査を実施した。 本稿で明らかになったことの第一は、中国の都市中間層で生じている専業主婦化は「専業母」化であり、調査対象者たちは子育て期は子育てに専念するが、子育て後の再就職を望んでいた。第二に、調査対象者たちは「専業母」であっても、母親が単独で育児を担当するのではなく、親族からの育児サポート、市場の家政サービスを活用しながら、母親役割を遂行していた。このような中国の「専業母」規範は、日本の「三歳児神話」とは異なっており、「専業母」化という同じ現象であっても、どのような育児行為を愛情の表出とみなすかという情緒規範は日中間で異なることが明らかになった。
著者
稲垣 稜
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.23, pp.33-41, 2015

本研究では,郊外都市の旧市街地における居住者特性の実態を明らかにした。対象地域は、大阪大都市圏の郊外に位置する奈良市である。本研究は、国勢調査とアンケート調査をもとにしている。国勢調査からは、奈良市が郊外地域としての典型的性格をもつことが明らかになった。アンケート調査は、大和西大寺駅周辺地区を対象に実施した。アンケートで明らかになった点は以下の通りである。1 )高齢者の割合が高い。2 )新規流入者が多い。3 )持家一戸建てが最も多く、以下、分譲マンション、賃貸の順となる。4 )大阪市への通勤率は、奈良市全体のそれと差はない。
著者
芹澤 知広
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.19, pp.45-65, 2011

本稿は、2009年度(平成21年度)の奈良大学総合研究所の研究助成を受けて行われた研究「中国語新聞『大公報』から見た1950年代から70年代にかけての香港社会」に関して報告することを目的としている。

1 0 0 0 IR 散りぬべき時

著者
大町 公
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.12, pp.1-15, 2004
著者
矢守 克也
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
vol.8号, pp.165-176, 2000-03

社会的表象理論(social representation theory)が、モスコビッシ(Moscovici,1961;1984)によって提唱されてから40年近くが経過した。しかし、社会心理学界における本理論の評判は芳しくない。なぜか。理由は簡単である。それは、本理論は、個別的な対象・現象をターゲットにした個別理論ではなく、従来の諸理論のほとんどすべてがその大前提として依拠している認識論一主客2元論一、および、方法論一論理実証主義一に抜本的改訂を迫るグラソド・セオリーだからである。自らが長年依拠してきた基盤を揺るがしかねない思潮がスムーズに受容されるわけはない。こうして本理論は、非常に否定的な評価を受けるにいたった。もっとも、こうした理解は、やや繊細さを欠いている。正確に記せば、これまで、本理論は否定的に評価されてきたのではなく、端的に理解されなかったか、もしくは、既存の社会心理学(あるいは、それが拠って立つ認識論)に適合する形に歪曲されてきたのである。本稿は、このような無理解・曲解が生じる原因の一端は、社会的表象理論の側の不備、正確には、不徹底一social constructionismの立場を徹底しえなかったこと一にあったことを指摘し、あわせて、真の理解へ向けた道のりを示すことを意図したものである。この際、具体的には、近年、社会的表象理論について原理的な再検討、および、実証的な研究の双方を精力的に進めているワーグナー(W.Wagner)の著作を議論の出発点とした。
著者
市川 良哉 遠藤 隆 堤 博美 東山 弘子 高見 茂 大町 公 山田 隆敏 荒川 茂則 武久 文代 高橋 光雄 藤原 剛 田井 康雄 田中 良 田原 武彦
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.3-59, 1994-02

国民が生涯にわたって学習する機会を求めている現状にてらして、中央教育審議会は平成2年1月30日「生涯学習の基盤整備について」答申し、同年6月29日に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」が施行され、新しい「大学設置基準」(平成3.7.1施行)もそれを踏まえている。こうした流れの中に、高等教育機関が地域の人びとの生涯学習推進に寄与することに強い期待を寄せているところに時代の特徴を見る。翻っていえば、これは高等教育機関としての大学は地域社会へ自らをどう開放するのか、どのような貢献が可能であるのかにかかわる問題であり、大学は時代の要求にどう答えるのかを問われているのである。本研究は本学が高度先端科学技術集積都市が形成されつつある「関西学術文化研究都市(以下学研都市)圏に位置するという立地条件の下で、地域レベルでの生涯学習支援システムを構築する際に担う本学の役割と課題を、総合的に検討するための基礎データを得るために調査を多面的に実施することに目的をおいている。
著者
元濱 涼一郎
出版者
奈良大学総合研究所
雑誌
総合研究所所報 (ISSN:09192999)
巻号頁・発行日
no.13, pp.75-82, 2005

本稿は、明治における、日本の国民国家形成を事例とする、著者の一連の研究1)に位置付けられるものである。ただし、上記は何れも、近世から近代への移行を、全体社会の解体と再編の過程と捉えて、その内部組織の解体と再編を分析と記述の機軸としていたが、本稿では、外部組織との関係でこれを概括・記述することを意図している。それには、国民国家内部の地域と空間に止まらず、対外的関係の下での国民国家の領域的境界(端的には「国境」)の確定に関わる諸契機、諸条件を問題にしなければならないであろう。そして、この目的に即して見るとき、近代国民国家の形成過程において、明治政府の重要な内政即外交課題であった琉球帰属問題の経緯を追うことは、はなはだ有効である。なぜなら、琉球は、近世にあっては、薩摩藩の属国でありながら、薩摩の財政を支えるために、独立王国の体裁を保って清王朝に朝貢(冊封)していた(両属すなわち日本と中国に二重帰属)という特異な歴史を有しており、その経緯に由来して日清間に国境紛争を生じたことから格好の素材を提供しているからである。