著者
高杉 潤 松澤 大輔 須藤 千尋 沼田 憲治 清水 栄司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】じゃんけんは,幼少期から慣れ親しんだ手遊びの一つである。通常,勝つことを目的とし,後出しは反則のため,意図的に「後出しで負ける」ことは,「後出しで勝つ」よりも難しい。「後出し負けじゃんけん」は,反射的な行動を抑制する高度な認知機能を要する課題とされ,臨床では前頭葉機能の検査として利用されており,その神経生理学的根拠として,課題遂行中に前頭前野の活性化が機能的MRIや機能的近赤外線分光法(fNIRS)で確認されている。しかしこれら先行研究は,単回の介入結果であり,複数回の連続介入による経時的変化については,パフォーマンスレベル,神経生理学的レベルともに調べた研究はなく,明らかとなっていない。そこで本研究は,後出し負けじゃんけんを複数回連続実施した際の経時的な成績の変化および前頭前野の活動の変化を明らかにすることを目的とする。【方法】<u>実験1</u><u> パフォーマンス実験</u>対象は健常成人10名(男女各5名。平均年齢21.3歳±0.7歳。全例右手利き)。被験者は椅子座位で,正面のパソコン画面から3秒間ずつランダムに提示されるじゃんけんの手の写真15枚に対し,後出しで「負け」か「勝ち」の各課題を4セッションずつ行った。1セッション1分間,セッション間のレスト時間は90秒とした。画像提示は視覚刺激提示ソフト(アクセスビジョン社製Sp-Stim2)を用い,被験者がキーボードで回答するまでの1試行毎の反応時間や正誤も自動的にパソコンに記録された。被験者毎に各セッションの平均反応時間を算出した。各セッション1試行目と誤答した際のデータは解析から除外した。<u>実験2</u><u> 脳活動計測(fNIRS)</u><u>実験</u>対象は健常成人6名(平均年齢21.2±1.0歳,女5名,男1名)とし,実験1のパフォーマンス実験と同様の課題施行中の前頭前野の活動をNIRS(Spectratech社製OEG-16)にて計測した。NIRSは課題開始から終了まで刺激提示ソフトと同期させ,事象関連型デザインで活動を計測した。ただし各セッション前のレスト時間は30秒間とした。記録された各セッションの酸素化ヘモグロビン(Oxy-Hb)の濃度変化の平均値を算出し,各セッションの開始後および終了前の各10秒間のデータは解析から除外した。<u>解析方法</u>パフォーマンス実験では勝ち課題と負け課題の1回目から4回目までの各セッションの平均反応時間について反複測定分散分析を用いた。NIRS実験では左右半球の前頭極に位置する各4チャンネル全体のOxy-Hbの平均濃度について反復測定分散分析を用いた。有意水準は5%とした。【結果】実験1の平均反応時間±SD(ms)は,負け課題では,1回目980.3±132.2,2回目930.9±115.6,3回目891.1±160.2,4回目852.5±113.3と徐々に短縮が見られた。勝ち課題は1回目801.0±86.3,2回目794.3±82.0,3回目796.1±91.5,4回目769.5±74.9と大きな変動は無く,課題条件とセッションとの間に交互作用が見られた(p=0.022)。実験2のOxy-Hbの平均濃度±SD(mmol/l)は,右半球(チャンネル4~7)は,負け課題では,1回目0.202±0.17,2回目0.078±0.16,3回目-0.02±0.11,4回目-0.02±0.09と減少傾向を示したが,勝ち課題では,1回目0.02±0.16,2回目-0.04±0.08,3回目-0.0006±0.1,4回目0.04±0.2であった。左半球(チャンネル10~13)の負け課題では1回目0.21±0.22,2回目0.08±0.17,3回目0.005±0.08,4回目0.0003±0.11と,右半球と同様に減少傾向を示した。勝ち課題では,1回目0.05±0.13,2回目-0.04±0.06,3回目-0.05±0.08,4回目0.06±0.11であった。左右半球ともに,課題条件と回数との間に交互作用を認めた(p<0.001)。【考察】「負け課題」が「勝ち課題」に比べ反応時間が遅くなることは先行研究と合致する結果となった。しかし,複数回の試行によって徐々に短縮し,最終的に勝ち課題に近い時間まで短縮した点や,本課題と類似するstroop testでは学習効果を示唆する報告もあることから,本課題も学習効果の影響を受ける可能性が推察された。さらに負け課題の反復によって,左右半球ともに前頭前野の活動も有意に低下が見られたことは,学習効果の影響と推察される。【理学療法学研究としての意義】後出し負けじゃんけん課題は,学習効果があるため,臨床で複数回実施する際は十分考慮することが必要である。