著者
高村 元章
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.EbPI1446, 2011

【目的】<BR> これまで元気に生活していた高齢者が肺炎や転倒、基礎疾患の悪化をきっかけに入院し、その後不幸にも入院期間中に寝たきり状態になり、そのままの状況で退院せざるを得ないケースに遭遇する。その一方で再び良好な回復を示し、在宅に戻って以前と変わらぬ生活を取り戻した高齢者も存在する。これらの転帰の相違は、確かに疾患や損傷の重症度や適切な治療の介入、家族の支えや介護などの影響が大きいのかも知れない。しかし、それと並行して、本人自身に芽生えた再び生きることへの原動力、すなわち生活意欲をかきたてる「動機」に通じる何からかの要因の存在があったからではないかと考えている。<BR> そこで、本研究では、かつて寝たきりの状態を経験し、現在はそれらの状況から回復の方向へ転じた高齢者を対象として、その背景因子や相互の関連性を模索することを目的に、半構造的インタビューによる聞き取り調査を実施した。そしてそれらのデータをもとに寝たきり状態となった高齢者の生活意欲向上にかかわる要因について検討を行ったので以下に報告する。<BR>【方法】<BR> 対象者の選定は、これまでに寝たきりの状態を6ヶ月以上経過し、現在その状態が改善されたか、または改善過程にあり、本研究の趣旨に同意が得られた2名の高齢者を対象とした。事例1および事例2ともに、70歳代の男性で、在宅での生活を営んでいる。事例1は、アルコール依存による精神障害や重度の肝機能障害、糖尿病など11種類の病名を持ち、病院から特別養護老人ホームを経て、退所後3年6ヶ月が経過していた。旧厚生省官房老人保健福祉部長通知(老健第102-2号)による障害高齢者の日常生活自立度判定基準(以下、寝たきり度)では、ランクB2からJ1へ、要介護度は4から 要支援1へと変化し、現在はシルバー人材センターからの依頼業務等もこなせる状況にまで回復している。事例2は、結核で入院中に脳出血を発症し、回復期の病院を退院後5年5か月が経過していた。寝たきり度はランクC2からB2へ、要介護 5から4へと軽快し、現在週2回のデイサービスを利用して歩行練習に励み、他の利用者とともにカラオケを楽しんでいる。<BR> 聞き取り調査の分析は、まずICレコーダーに録音した音声データより逐語録を作成し、それらのデータをもとにコード化、カテゴリー分類等の質的研究の手順に準じて、その要因を分析した。今回、分析の基本として、グランデッド・セオリー(Grounded Theory Approach)の考え方を受けたロング・インタビュー法(The Long Interview)を採用した。<BR>【説明と同意】<BR> 本研究に関する調査協力の依頼に当たっては、倫理上の手続きとして個人情報の保護に関する法律(法律第57号)と「疫学研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省)に基づく同意書を作成し、十分な趣旨の理解と同意を得て実施した。また、インタビュー中の会話の録音についても、事前に確認をとり録音の了解を得た上でインタビュー調査を実施した。<BR>【結果】<BR> 一連の分析手順を踏んだ結果、最終的に事例1では7つのカテゴリーと27個の註釈が得られ、事例2では7つのカテゴリーと25個の註釈が得られた。それらのうち2つの事例に共通するカテゴリーとしては、「楽しみ(やりたいこと)」、「人との交流(役割としての意味合いも含む)」、「役割」、「医療や福祉環境への懐疑と不満(主に家族から)」の4つのカテゴリーに集約された。<BR>【考察】<BR> 2つの事例に共通するカテゴリーより寝たきり状態となった高齢者の生活意欲向上にかかわる要因として特に注目すべき項目は、「楽しみをもつこと」、「役割をもつこと」、「人との交流をもつこと」の3項目であると考えた。これらは、我々の日常生活において極普通に散在する要因で、「その人となり(自分らしさ)」を表すものと解釈されるが、寝たきりの状態や虚弱に陥った多くの高齢者はそれらの要因を一瞬のうちに無くし、生きる道筋を失った状態とも捉えられる。このような状態の反映を生活意欲の低下と表現するならば、この生活意欲を向上させるための要因やきっかけにいち早く気づくことこそ、「寝たきり」の状態となった高齢者を本当の意味で「起こす」のためのストラテジー(strategy)へと通じるものではないかと考えた。それはすなわち、「人としての尊厳」の回復を目指すものともいえる。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 寝たきり状態となった高齢者を回復の方向へ導く視点には、生活意欲の向上につながる要因の追究ということが重要であった。それは、単に機能や能力の維持・改善ばかりに目を奪われることなく、対象者が何気なく発信している普段の会話の中から「その人となり(自分らしさ)」をいち早くキャッチする着眼点の重要性が示唆された。
著者
高村 元章
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Eb0609-Eb0609, 2012

【目的】 入院期間中を寝たきりの状態で経過し、施設や在宅などの環境に移ってから回復の方向へ転じる高齢患者に、ときとして遭遇することがある。その長い回復までの道のりにおいて、本人やその家族がどのような気持ちを抱きながら過ごしてきたかを調査した研究報告は少ない。そこで、本研究ではかつて寝たきりの状態を経験し、その状態からさらなる回復へと変化した事例を対象に、回復につながった背景要因の模索を目的として、半構造的インタビューによる聞き取り調査を実施した。それらのデータの分析において、寝たきり状態となった肉親を支える過程で生じた家族が直面した心理的不安要因の抽出と、それに対する医療専門職としての配慮すべき点について考察したので以下に報告する。【方法】 対象者の選定にあたっては、これまでに寝たきりの状態を6ヶ月以上経過し、調査時点においてその状態が改善されたか、または改善過程にあり、本研究の趣旨に同意が得られた2組の高齢者とその家族を対象とした。事例1および事例2ともに、70歳代の男性で、現在、妻と共に在宅で生活している。事例1は、アルコール依存による精神障害や重度の肝機能障害など11種類の病名を有し、病院から特別養護老人ホームを経て、退所後3年6ヶ月が経過していた。障害高齢者の日常生活自立度判定基準(以下、寝たきり度)では、ランクB2からJ1へ、要介護度は4から 要支援1へと変化し、現在はシルバー人材センターからの依頼業務等もこなせる状況にまで回復している。事例2は、結核で入院中に脳出血を発症し、回復期の病院を退院後5年5か月が経過していた。寝たきり度はランクC2からB2へ、要介護 5から4へと軽快し、現在移動の中心は車椅子であるが、週2回のデイサービスでは歩行練習に励み、他の利用者と共にカラオケを楽しんでいる。聞き取り調査の分析は、ICレコーダーに録音した音声データより逐語録を作成し、それらのデータをもとにコード化、カテゴリー分類等の質的研究の手順に準じて、その要因を分析した。今回、分析の基本として、グランデッド・セオリー(Grounded Theory Approach)の考え方を受けたロング・インタビュー法(The Long Interview)を採用した。【説明と同意】 倫理上の手続きとして個人情報の保護に関する法律(法律第57号)と「疫学研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省)に基づく同意書を作成し、本人ならびにその家族に対して十分な趣旨の理解と同意を得たのちに実施した。また、インタビュー中の会話の録音についても、事前に確認をとり録音の了解を得た上でインタビュー調査を実施した。【結果】 一連の分析手順を踏み、最終的に事例1では7つのカテゴリーと27個の註釈が得られ、事例2では7つのカテゴリーと25個の註釈が得られた。それらのうち2つの事例に共通するカテゴリーとしては、「楽しみ」、「人との交流」、「役割」、「医療や福祉環境への懐疑と不満」の4つのカテゴリーに集約されたが、家族からの声が強く反映されていたのは「医療や福祉環境への懐疑と不満」と「人との交流」の2項目であった。【考察】 家族が抱える心理的不安要因としては、「医療や福祉環境への懐疑と不満」のカテゴリーに反映されている。これは病院入院中に日常的に行われている医療者側からの無配慮な予後の告知に起因しており、2つの事例ともに今後、永続的に寝たきり状態になるとの宣告を受け、酷く落胆したという。その後も様々な専門職から「寝たきり患者」としての偏った扱いを受け続け、家族の心の傷は深まり、心理的不安は益々拡がっていたものと考えられる。しかし、その後のさらなる経過の中で、寝たきり状態から回復へと転じたという事実を振り返り、家族の気持ちはいつしか医療環境や専門職に対する懐疑や不満という形に転化されていったものと考える。その一方で、施設や在宅に移ってからの回復を後押ししたのは「人との交流」というカテゴリーに反映されており、施設職員や訪問にかかわる専門職との交流とその対応の良好さが回復につながったと感じていた。つまり、専門職は対象者や家族が抱えている心の傷という点についても、もっと敏感になるべきであり、そのかかわりを通じて心のケアにも十分配慮した対応が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 寝たきり状態となった対象者およびその家族は、長い経過において多くの専門職の対応や環境変化を通じて、様々な心理的不安要因を抱えている。本研究では、理学療法士が日常の煩雑な業務環境を乗り越えて、対象者や家族への心のケアにも配慮した専門職としてのかかわり姿勢をもつことの重要性を喚起した質的研究として意義があるものと考える。