著者
高谷 知佳
出版者
法制史学会
雑誌
法制史研究 (ISSN:04412508)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.143-169,en9, 2015-03-30 (Released:2021-03-20)

自由都市論克服以降、多くの地域や時代の都市論において、法や制度のみならず、文化や情報など多様な特徴が「都市性」とみなされ、着目されるようになった。しかし一方で、改めて「都市はなぜ都市であるのか」という問い、都市に不可欠な特徴としての「都市性」を求める問いも浮かび上がっている。こうした研究状況の中で、都市における法や制度はいかに位置づけられるべきか。 日本中世史の研究動向を振り返ると、第一に、法や制度については、行政的な都市・農村の区分がなく、領域的に規律する都市法も少なく、特に京都や畿内先進地域にはほとんどないため、研究も少ない。第二に、網野善彦氏の「都市的な場」論とその後のブームがあるが、京都をはじめ、多様な利害の錯雑する大規模な都市についての研究は立ち遅れた。第三に、中近世移行期の町共同体の研究、さらに遡って中世の多様なネットワークの研究があるが、共同体やネットワークによっては解決しきれない問題に対する都市全体の権力についての研究はみられない。第四に、京都については、政治史の観点から、首都に一極集中した政治・法制・経済・文化のあり方について研究が深まったが、都市史との有機的関連が薄い。また、これらの動向のほとんどに共通して、中世前期と後期の連続した研究が少ない。 こうした研究を踏まえて、われわれが取り組まなければならないのは、多様な利害が交錯し共同体やネットワークをも越えるような紛争解決や危機管理についての研究である。これらは、都市のもっとも本質的な特徴であり、かつ都市が大規模になればなるほどに問題となる。そしてこうした問題にこそ、法や制度が深くかかわる。 日本中世都市においてこの問題に取り組む一つの方向性として、本論では都市の紛争解決の多面的な分析を提示したい。裁判やネットワークへのアクセサビリティ、用いられる法や先例の実態、徳政令や関所など領域的支配との関係、時代を経た変化などを分析することによって、「都市性」の普遍性と多様性を明らかにしたいと考える。