- 著者
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髙柳 春希
- 雑誌
- 日本地球惑星科学連合2019年大会
- 巻号頁・発行日
- 2019-03-14
要約 ゆざわジオパークの川原毛地獄の噴気孔付近にはヤマタヌキラン (Carex angustisquama) が生息し,特有の豪雪帯にはユキツバキ (Camellia rusticana) が生息する.これに対し「二種にとりそこが好ましい環境だからそこに生息する」という説明がよくなされるが,過去のいくつかの報告と照らし合わせながら考えてみると,二種の分布がその環境にのみ制限される理由についてうまく説明できておらず問題がある.本発表では,二種の分布が制限される理由を,ヤマタヌキランとタヌキラン (Carex podogyna),ユキツバキとヤブツバキ (Camellia japonica) といった同属近縁種間で引き起こされる繁殖干渉によるものと位置付け,その内容を説くとともに,学術的な信憑性を重んずるジオパークのガイド案内の難しさについても考えていく.概要 豊富な地熱や雪を有するゆざわジオパークでは,ジオ多様性の高さから,多様な生物が生息している.例えば,地熱および雪・天水等の影響で生じる川原毛地獄の噴気孔は,噴気ガスに含まれる硫化水素ガスにより,多くの動植物の生息を妨げる一方,希少種ヤマタヌキラン (C. angustisquama) を優占的に生息させる.また,ゆざわジオパークの豪雪は,雪圧による枝折れの少ないユキツバキ (C. rusticana) を生息させる.噴気孔付近など酸性の高い土壌でしかみられないヤマタヌキラン (辻村1982),日本海側の雪が降る地域でしかみられないユキツバキ (酒井1977) は,いわば,その地域の特色を語る上で重要な存在と言える. 一方で,劣悪と考えられる環境に二種が生息する理由を,「その環境が,二種にとっては好ましい環境だから」あるいは,「二種の生育がその環境に対してのみ適しているから」と説明する様子が散見されるが,果たしてこういった説明は正しいのだろうか.誤りや説明の不足する部分はないだろうか.確かに,二種がその地域のみに生息する様子を見ると,あたかもその地域が二種の生育に適した地域のように見える.しかし,ヤマタヌキランを畑の土で育てたところよく育つという報告 (湯沢市立須川中学校2011) や,ユキツバキが太平洋側の植物園で育成されている事例 (例えば,小石川植物園2019) を鑑みると,少なくとも人工的におかれた環境下においては,二種にとって,噴気孔や豪雪の存在は必ずしも必要ないように考えられる.湯沢市立須川中学校 (2011) が行った川原毛地獄におけるヤマタヌキランの生育調査によると,噴気孔から遠く,かつ土壌pHが中性に近くなるほどヤマタヌキランの生育が旺盛になると示唆されている.すなわち,噴気孔に由来する土壌の酸性化はヤマタヌキランの生育に対して良い影響ではなく悪影響を及ぼすと言える.このことから,噴気孔はヤマタヌキランに悪影響を及ぼすと言えるし,雪崩を引き起こすような豪雪もユキツバキにとってけっして好適なものとは言い難いだろう.以上の観点を踏まえ,二種はこれら悪影響を上回るような周囲からの悪影響を被っているためにそこでの生息を余儀なくされているのだと判断した.二種の分布はある要因によって不適な環境に追いやられているのだ. 二種の分布が劣悪な環境に制限される理由を,ユキツバキと太平洋側の陸地に生息するヤブツバキ (C. japonica,酒井1977),ないしは,ヤマタヌキランと広域分布種タヌキラン (C. podogyna,藤原1997) との強い負の種間相互作用,特に繁殖干渉 (高倉・西田2018) により説明できると考えた.本発表では,繁殖干渉の概念を説くとともに,学術的な信憑性を重んずるジオパークのガイド案内の難しさについても考えていく.引用文献藤原陸夫 (1997) 秋田県植物分布図.秋田県環境と文化のむら協会.小石川植物園 (2019) 花ごよみ:ツバキ園.URL: https://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/koishikawa/koyomi/camellia.html (2019年2月1日アクセス)酒井 昭 (1977) 植物の積雪に対する適応. 低温科學. 生物篇34: 47-76.高倉耕一・西田隆義 (2018) 繁殖干渉:理論と実態.名古屋大学出版会.辻村東國 (1982) 硫気孔原植物ヤマタヌキランの生態学的研究: I. コロニー形成. 日本生態学会誌 32(2): 213-218.湯沢市立須川中学校 川原毛地獄自然観察クラブ (2011) ジオサイト川原毛地獄の植生について.平成23年度斎藤憲三奨励賞金賞 (秋田県最優秀賞) 受賞報告書.