著者
鬼頭 健介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2125, (Released:2022-08-03)
参考文献数
41

生態系サービスを持続的に享受するためには、その定量的評価が重要であるが、文化的サービスの評価は他の生態系サービスと比べて進んでいない。文化的サービスの 1つである、芸術にインスピレーションを与えるサービスは、生態系を対象にした芸術作品の数を用いて評価されつつある。しかし、一般市民が作った現代の芸術作品を評価した国内の事例はない。そこで本研究では、鳥類を対象にした現代俳句を題材に、本サービスの定量的な評価を試みた。朝日新聞の投句欄である朝日俳壇に掲載された俳句の中から、鳥類を対象にした俳句を収集し、 2014 -2019年に掲載された鳥類の各科の俳句数と生息環境の関係を調べた。さらに、 1996 -2019年に掲載された鳥類を対象にした俳句数の年変化を調べ、本サービスの増減傾向を調べた。解析の結果、農地、湖沼河川に生息している鳥類の科の俳句数が多いことが分かった。両環境では人と鳥類が生活空間を共有しているため、本サービスが提供されやすいと考えられた。俳句数の変化を調べた結果、鳥類を対象にした俳句の総数は変化していなかった。しかしその内訳を調べると、特定の科に限定されない鳥綱全体を対象とした俳句は増加しており、特定の各科を対象とした俳句は減少していた。この傾向の理由として、特定の科を対象とする俳句を詠むのに必要な、種の識別や生態に関する知識レベルや、詳細な観察意欲が低下していることが影響している可能性が考えられた。これらの結果を踏まえて、農地と湖沼河川を中心とした生態系の保全や、生態に関する知識の教育などが、本サービスの維持にとって重要である可能性が考えられた。本研究は、日本の現代の芸術を対象にインスピレーションサービスを定量的に評価した貴重な事例である。この結果を他の生態系サービスの定量的評価に統合することで、よりバランスの取れた保全に関わる意思決定につながるだろう。