著者
五十嵐 絵美 浜田 純一郎 秋田 恵一 魚水 麻里
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.A0007, 2007

【目的】前鋸筋を支配する長胸神経が麻痺し、翼状肩甲骨が生じる事がよく知られている。またこの筋に機能不全が生じると、肩甲骨周囲の痛みや違和感、挙上困難を訴える患者がいる。この研究の目的は、長胸神経を構成する頸椎神経根と長胸神経の走行、前鋸筋の上部・中部・下部筋束の神経支配と形態を調査し、長胸神経麻痺のメカニズムと前鋸筋の機能解剖を明らかにすることである。<BR><BR>【対象と方法】解剖学実習用屍体5体10肩(男性3体、女性2体、平均年齢82.4歳)を対象とした。前鋸筋の上部筋束は、第1, 2肋骨から起始し肩甲骨上角(以下上角)に停止する部位、中部筋束は2, 3肋骨から起始し肩甲骨内側縁に停止する部位、下部筋束は第4肋骨以下に起始し肩甲骨下角(以下下角)に停止する部位とした.長胸神経の走行を頸椎神経根レベルから追跡し、中斜角筋貫通の有無とその末梢の神経走行、各筋束の頸椎神経根支配を調査した。さらに各筋束の機能的役割を構造と走行方向から評価した。<BR><BR>【結果】長胸神経は,第5頸椎神経根(以下C5), C6, 7で構成される例が8肩、C4, 5, 6, 7が2肩であった。C5は6肩で中斜角筋を貫通していた。C7が中斜角筋を貫通する例はなかった。上部筋束の複数神経支配は10肩中8肩であり、C5単独支配は2肩のみであった。中・下部筋束はC6, 7神経根支配が8肩であった。上部筋束は前方へ、中部筋束は前側方へ、下部筋束は下部になるに従い前下方に走行していた。肩甲骨を除くと、前鋸筋は菱形筋、肩甲挙筋と一体になっていた。<BR><BR>【考察】C5が中斜角筋を貫通する頻度は60%で、同部が神経障害部位になりやすい。この結果から、急性外傷やスポーツにより中斜角筋貫通部で神経麻痺になり、翼状肩甲骨が生じる可能性が示唆された。上部筋束はC5を中心に複数神経支配が多く、前鋸筋の機能上中心的役割を担っている。各筋束の形態と走行から、上部筋束は肩甲骨の回旋中心を形成し、中部筋束は肩甲骨を外転させ、下部筋束は下角を上方回旋、外転させる機能を有している。非外傷性や軽微な外傷で神経麻痺を伴わない前鋸筋機能不全に陥る症例がある。これらの症例では肩甲骨が下垂・外転している場合が多い。この病態は菱形筋、肩甲挙筋が伸張され、一方前鋸筋は短縮し機能できない状態に陥り、僧帽筋で肩甲骨上方回旋を代償していると推測された。<BR><BR>【まとめ】前鋸筋は主にC5, 6, 7で支配されるが例外的にC4も関与する。C5神経根は60%で中斜角筋を貫通していた。複数神経支配下にある上部筋束は前鋸筋の機能上中心的役割を担っている。上部筋束は肩甲骨の回旋中心を形成し、中部筋束は肩甲骨を外転させ、下部筋束は下角を上方回旋、外転させる機能を有している。