著者
鳥塚 あゆち
出版者
アンデス・アマゾン学会
雑誌
アンデス・アマゾン研究 (ISSN:24340634)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.1-21, 2020-12-20 (Released:2022-04-06)
参考文献数
27

ペルー共和国の行政・領域単位のひとつであるコムニダ・カンペシーナ(Comunidad Campesina)は、1960 年代後半に実施された農地改革により制定された。これにより、共同体には自治が認められ、不可侵の領域を所有し、成員は用益権をもつことが規定された。この制度を変えたのは、フジモリ大統領の政権下で1995 年に公布された「土地法」である。その目的は、新自由主義経済政策の一環として、コムニダ・カンペシーナの土地を自由市場に開放することにあった。しかしながら、実際には私有地化は進まず、政府が目指した理想と実態とのあいだには溝があるのが現実である。 私有地化が進まない要因のひとつは、コムニダ・カンペシーナにおける土地運営のあり方が一様ではないことにあると考えられる。しかし、土地の保有権や用益権、使用方法については詳細な報告が少ない。とくに牧草地利用については部分的な記述が多く、制度との関わりについても不明な点が多い。そこで本稿では、牧畜を専業とする牧民共同体において実施された牧草地の区分・再区分の問題を取り上げ、牧草地利用の実態を例示し、コムニダ・カンペシーナにおける土地制度と慣習とのあいだのダイナミズムについて議論した。 土地区分後に表面化していた問題は、区画面積や区分方法の不平等性、区画間の境界をめぐるものであった。本稿では、これらの問題が解決しない要因について考察し、背景にある成員間の根本的な人間関係や意見の異なる相手への見方、生業や生活形態に対する世代間の考えの相違、区分記録の正当性における二重規範が関係していると指摘した。また、問題の表面化によって、人びとが場所性や慣習・経験を重視していることも明らかとなった。当該共同体では、問題が付議された総会は成員が参与する交渉の場となっており、そこでの決定や合意を共有することが共同体を維持するための共同性としてはたらいていると考えられる。
著者
鳥塚 あゆち
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.1-25, 2009-06-30

本稿は、アンデス牧民社会が変容の過渡期にある現状を、牧民が伝統的に行ってきた農作物獲得方法の変化に着目し、変化の要因と過程をペルー南部高地のワイリャワイリャ村の具体的な事例を示すことによって明らかにすることを目的としている。高地に適したラクダ科動物の牧畜を専業的に行っているワイリャワイリャの人々は、耕作地を持たず主食である農作物を自給できない。また、家畜の乳を利用することもないため、作物の収穫期にリャマの雄のキャラバンを伴って農村に赴き、物々交換あるいは荷役用としてリャマを使うことによって農作物を獲得する旅を伝統的に行ってきた。しかし、筆者が調査を行った2004-06年の時点ではすでに旅は行われておらず、定期市や都市で作物を購入している状況にあった。この変化は約10年前から起こったものであり、そこには、道路網の整備と定期市の発達という外的要因や、市場価値のあるアルパカを改良するために取られた土地区分政策という内的要因と呼べるものがある。このような中、農作物獲得の旅において重要な役割を果たしていたリャマの雄が手放されていったが、これをめぐる言説は、変化に対しての村人の位置の取り方によって異なるものであった。本稿では、ワイリャワイリャ村を事例として、農作物獲得の旅が行われなくなった事態を、複雑に絡み合う多数の要因を識別しつつ、ミクロな視点から明らかにするとともに、村内の変化の影響や都市との関わりによって村内に層化が促される中、村人が既存の人間関係とは異なるアルパカの改良を中心とした新たな社会関係を築き、自らアイデンティティを選びとろうとしつつある現状を明らかにした。