- 著者
-
鳥塚 あゆち
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.74, no.1, pp.1-25, 2009-06-30
本稿は、アンデス牧民社会が変容の過渡期にある現状を、牧民が伝統的に行ってきた農作物獲得方法の変化に着目し、変化の要因と過程をペルー南部高地のワイリャワイリャ村の具体的な事例を示すことによって明らかにすることを目的としている。高地に適したラクダ科動物の牧畜を専業的に行っているワイリャワイリャの人々は、耕作地を持たず主食である農作物を自給できない。また、家畜の乳を利用することもないため、作物の収穫期にリャマの雄のキャラバンを伴って農村に赴き、物々交換あるいは荷役用としてリャマを使うことによって農作物を獲得する旅を伝統的に行ってきた。しかし、筆者が調査を行った2004-06年の時点ではすでに旅は行われておらず、定期市や都市で作物を購入している状況にあった。この変化は約10年前から起こったものであり、そこには、道路網の整備と定期市の発達という外的要因や、市場価値のあるアルパカを改良するために取られた土地区分政策という内的要因と呼べるものがある。このような中、農作物獲得の旅において重要な役割を果たしていたリャマの雄が手放されていったが、これをめぐる言説は、変化に対しての村人の位置の取り方によって異なるものであった。本稿では、ワイリャワイリャ村を事例として、農作物獲得の旅が行われなくなった事態を、複雑に絡み合う多数の要因を識別しつつ、ミクロな視点から明らかにするとともに、村内の変化の影響や都市との関わりによって村内に層化が促される中、村人が既存の人間関係とは異なるアルパカの改良を中心とした新たな社会関係を築き、自らアイデンティティを選びとろうとしつつある現状を明らかにした。