著者
鷹津 久登
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会学術総会抄録集 (ISSN:18801749)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.16, 2011

<B>〈背景〉</B>脳血管障害や虚血性心疾患などの心血管疾患(cardiovascular disease ; CVD)の発症には,生活習慣に関連する様々な危険因子が強く関連することが知られている。高血圧,糖尿病,高脂血症,喫煙が4大危険因子とされ,これらの治療が重要視され,また昨今は腹部肥満を特徴とするメタボリック症候群への介入が強く叫ばれている。一方,我が国のCVD 特に虚血性心疾患の発症は欧米より数段低く,その理由の1つとして我が国では魚食をふんだんにするため,これらに由来する不飽和脂肪酸の摂取が良い影響をもたらしているのではないかとされている。加えて,魚食を好むわれわれ日本人の中でも魚食の特に多い住民群ではそうでない群に比較して動脈硬化性疾患の発症が有意に低いことが近年の疫学調査で明らかにされつつある。<BR><B>〈目的〉</B>さて,われわれの診療フィールドの一部である岐阜県の農山村に目を移したとき,はたしてその食習慣や,血液中の不飽和脂肪酸濃度の実情がどのようであるかを明らかにすれば,食の面から農山村住民にアプローチする端緒になると考え以下の検討を行った。<BR><B>〈方法〉</B>対象として岐阜県関市上之保地区の住民の協力を得ることとした。この地域は濃尾平野の北端に存在する関市に最近編入された山間部にあり,住民人口は2,100人程度,農業,林業が中心であり,高齢化率も36%を超えている地域である(調査を行った2008年の統計)。また,「海なし県」の岐阜県の中でも歴史的に海からの食料の流通が少ないため,魚食習慣もあまり多くないことが予想された。そこで毎年行われる住民検診の際に,住民の協力を得て食習慣に関する簡単なアンケートと一般血液検査の際に血清中の脂肪酸分画の測定をさせていただくこととした。文書と口頭にて検査内容を説明し文書にて検査の同意を得られた男性118名,女性189名の計307名が対象で,年齢は平均64.3±13.2歳であった。食習慣のアンケートについては対面式の聞き取り調査を行ない,脂肪酸分画の測定は株式会社BML に依頼した。魚食に関連する不飽和脂肪酸の目安としてEPA/AA 比(エイコサペンタエン酸/アラキドン酸比)を求め,これらをJELIS 研究(Japan EPA lipid intervention study)で求められた全国平均値,および岐阜市平均値と比較検討した。<BR><B>〈結果と考案〉</B>週のうち魚食をする頻度を尋ねたところ2日と答えた人が最も多く,平均2.0日,肉食は平均2.3日であった。また,魚食による不飽和脂肪酸を反映するとされるEPA/AA 比は平均で0.42±0.23と全国平均0.61±0.20,岐阜市平均0.48±0.30に比べて低値であった。また,年齢別のEPA/AA 比は男性では70歳代,女性では80歳代が高く50歳代の方が低い傾向にあった。岐阜県内での脳血管疾患標準化死亡比をみると当地での男性の比が高く魚食の少なさが関与している可能性も否定できない結果であった。<BR><B>〈結論〉</B>海から遠く位置する農山村では魚食の頻度が低いと考えられ,これは血清中の不飽和脂肪酸の分析からも裏付けられた。いくつかの疫学からEPA は動脈硬化性疾患の予防効果が示されており,特にこのような集団ではその効用が期待できる。今後は特に若い世代への魚食の促進とともに必要に応じたサプリメントなどの摂取が推奨されると考えられた。