著者
原 研二 黒子 康弘
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

ルネサンス以降の観念の図像化運動を解明するために,まず多種多様な図像をデータベース化した。このデータベース化されたものを有効活用する手がかりとして,人工洞窟の分析,オペラ座をめぐる言説に関する研究を展開した。また世紀末関連では,「宿命の女」のイメージ,「天使」のイメージが個性化するさまを追った。また,17世紀における道化の図像とオランダ静物画のリアリズムの同質性の分析に手を染めた。ここから西欧の広場の芸能と新世界との関わりを,図像的に展開する可能性を得た。またオペラ・トゥーランドット論「愛のグランド・オペラ2」では,ヤコブと天使が格闘する旧約聖書の不思議な場面と,主人公ふたりのなぞなぞのやり取りに共通性を見るために,ドラクロワ,ゴーギャンの図版とルネサンスの「タンクレディもの」の図版を組み合わせてみた。これを敷衍して,男と女の対決が基本的に天使との格闘による相互宿命の構造をもつことを,明らかにできた。一方,ワーグナー論「観光ロマン主義のリアル」においてもまた,19世紀の熱帯図版,グロッタ図版,パノラマ図版,遊園地図版,王侯の庭園図版を組み合わせる試みを行った。神話的な意味解釈の深みにはまってきた従来のワーグナー論とはまったく違う,光学上のワーグナーという新しい局面が図像研究によって開かれた。また「事物詩」というジャンルにおける「物」と「言葉」の関係を,ホメロス,バロックのエンブレム,リルケ,ヨゼフ・コススという長大なスパンで思考することによって,文芸学的メディア論という方向性を発掘した。かくして,これらの個別研究を質量とも充実することによって,価値観のパラダイムとしての図像研究へと展開する基礎を築いた。
著者
福本 義憲 園田 みどり 中居 実 古屋 裕一 黒子 康弘
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

ドイツ語圏における第一次大戦期から第二次大戦後にいたる社会文化的なディスクルスの形成と再生産のプロセスを解明するために、研究実施計画に示された枠組みにしたがって、福本、古屋、黒子は社会文化的ディスクルスの形成における「認知的・道具的合理性」および「道徳的・実践的合理性」レベルについての理論的・個別的研究に従事し、中居、園田は「美的・実践的合理性」レベルでの諸現象の研究を行った。研究素材は、1910年から1960年までのほぼ50年間の、ドイツ語圏の各種メディア(新聞・雑誌・文学を含む文字メディア、さらに演劇・歌謡・美術などの芸術メディア、映画・ラジオ・TVなどの技術メディア)に広く渉猟し、その中で上記の理論的枠組みに照らして重要でありかつ時代と地域的特徴をよく表していると思われるものを取り上げて、各人が詳しく分析を試みた。福本は、社会文化的事象のディスクルス分析の理論的考察(「テクスト・ディスクルス・ディスクルス分析」)を行うとともに、第一次大戦前後の権力(Macht)をめぐるディスクルスの形成と再生産の過程を解明するため、特にチューリッヒ・ダダの反市民的ディスクルスの特徴を体現しているヴァルター・ゼルナーを取り上げ具体的かつ詳しく論じた。中居はウィーンのリートの特徴分析を行い、民衆歌謡における社会文化的ディスクルスの形成とその再生産の事情を明らかにした。園田は劇作家カール・ツックマイアーの『ケーペニクの大尉』を取り上げ、「制服」のディスクルス装置を第二帝政期ヴィルヘルム二世統治下のベルリンの時代と地域性と照らし合わせて詳しく論じた。黒子は、メディア現象のエコノミー、自然科学の文化主義的理解、技術的装置と言語の関係などについて、ハーバーマス=スローターダイク論争に即して論じた。その際、黒子は、20世紀の科学技術およびそれをめぐるディスクルスを、ローマ時代に淵源を持つフマニスムスにつながる問題として問い直すとともに、このフマニスムスの問いを発展させ、ゲーテに始まる「世界文学」ディスクルスのもつ社会・経済・文化史的な射程を、マルクス、ブレヒトにおける再編成を通して究明した。古屋は、ベンヤミンのメディア概念の現代的射程をめぐって考察するとともに、マルクス・バウアー『伝達のただ中-ヴァルター・ベンヤミンのメディア概念-』翻訳と注解を行うことで、ベンヤミン研究に貢献を果たした