著者
田村 直子 黒川 直樹 武田 士郎 山本 美和 横内 亜紀 金指 巌
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ed0829-Ed0829, 2012

【はじめに、目的】 本市では、介護保険制度の開始と並行して一次予防事業対象者に対する介護予防事業を地域で実施しながら、事業内容や展開方法等の検討を行ってきた。そして平成18年の地域支援事業創設に伴い高齢者運動支援事業(以下健康教室)を企画し、市内全域での事業展開を図ってきた。今回本市で実施するこれらの介護予防事業について紹介すると共に、行政機関の理学療法士が限られたマンパワーの中で地域においてどのような役割を果たすべきか、課題や今後の方向性について報告する。【方法】 健康教室は65歳以上の要介護認定を受けていない高齢者を対象に市内の公民館等で実施しており、血圧測定等の健康チェック、理学療法士による体幹・下肢を中心としたストレッチや筋力強化等の運動プログラムを地域の会場で継続的に実施している。当初は月2回の開催(隔週)であったが、参加者からの要望を受け週1回の開催に変更し、その際にマンパワーを増加しないまま実施回数を増やすために、参加者の運動グループ(以下自主グループA)を育成するとともに、音声媒体(CD等)と音響機器を準備し、理学療法士なしでも同様の運動が行えるように運動プログラムを作成した。さらに、参加者の増加で受け入れが困難になってきた会場は、開催時間を分けて二部制とし、より多くの希望者が継続的に参加できる状況を整備した。健康教室は参加者の大半を女性が占め、男性が参加し難い状況であったため、男性の要望を調査した上で、男性限定での会場を新たに設置した。事業を継続して実施する中で、公民館等よりもっと身近な、団地の自治会や町内会等の単位で運動を継続して行いたいとの要望を受けるようになってきたため、参加者自身が会場を確保し、そこに行政が側面から技術的な支援を行うというグループ(以下自主グループB)が誕生した。なお、本事業に従事している理学療法士の数は8名(常勤5名、雇い上げ3名)で、開始された平成18年度から現在まで増員はしていない。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究については参加者に目的等について口頭で説明し同意を得た。【結果】 健康教室の実績は、平成20年度:35会場、実人数1,609人、延人数31,236人、自主グループA数32、自主グループB数4、平成21年度:39会場、実人数1,877人、延人数33,788人、自主グループA数33、自主グループB数6、平成22年度:41会場、実人数1,945人、延人数36,664人、自主グループA数37、自主グループB数6であった。健康教室が開始された平成18年度は、25会場、実人数1,405人、延人数12,207人、自主グループA数10、自主グループB数1であった。【考察】 介護予防を目的として理学療法士が介入する最大のメリットは、高齢者の運動機能の維持・向上に対して専門的にアプローチできることであると思われる。そのためには、継続的に運動を実施する機会と場所を保障することと、具体的な運動方法を提供することが重要なポイントであると考えられる。健康教室は当初、行政主体で事業展開を図ってきたが、参加者の中から自主グループAが発生し、その育成支援を図るとともに、市内全域での事業展開へと拡大していった。自主グループBが誕生した要因は、住民が健康教室に参加することで運動の効果や介護予防の重要性を認識し、さらに自主グループAで培われた運営のノウハウを得たことで、会場まで来られない近隣の人にも運動を提供したいという意識が住民に芽生えたものと考えられる。このように自ら希望し教室を運営するグループが増加することは、移動能力の低い虚弱な高齢者への運動機会の提供にもつながり、本市の介護予防事業が地域社会の中に根差していく上で効果的な活動であると認識している。行政主体で開始した事業をきっかけに、住民のニーズに応じて理学療法士がその専門性を発揮しながら、事業形態を変化させ、住民と協働して事業を実施することによって、様々な形の自主的な活動が誕生している。さらにこのような活動を広げることで限られたマンパワーでも多くの高齢者に介護予防サービスを提供することが可能となり、医療費削減や介護給付費の抑制にもつながると考えられる。今後も、介護予防に対する住民の意識の向上を図るとともに、住民の声を事業に積極的に反映させることによって、行政と地域住民がそれぞれの役割を認識し、より効果的な介護予防事業が展開できると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 理学療法士が従来の対患者という個々に対する関わりから、行政の実施する住民サービスの中で専門性をどのように発揮し、かつ効果をあげることができるか。介護予防に資する運動の定期的な実践や住民の意識啓発等の取り組みを通して、集団に対する具体的なアプローチを考える上で有用であると思われる。