著者
内藤 正典 チョルズ ジョシュクン 間 寧 足立 典子 足立 信彦 林 徹 関 啓子 矢澤 修次郎 CORUZ Coskun ジョシュクン チョルズ ショシュクン チョルズ ルーシェン ケレシュ CEVAT Geray RUSEN Keles
出版者
一橋大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

本研究は、過去30年以上にわたって、ドイツを始めとする西ヨーロッパ諸国に移民してきたトルコ人を対象に、彼らがヨーロッパに生活する上で直面する社会的・文化的諸問題とは何であるのかを明らかにした。本研究の成果として特筆すべき点は、移民を受け入れてきたホスト社会(あるいは国家)が発見した移民問題と移民自身が発見した移民問題との間には、重大な認識上の差異が存在することを実証的に明らかにしたことにある。トイツにおいて、トルコ系移民の存在が移民問題として認識されたのは、1973年の第一次石油危機以降のことであり、そこでは、移民人口の増大が、雇用を圧迫するという経済的問題と同時に、異質な民族の増加が文化的同質性を損なうのではないかという文化的問題とが指摘されてきた。他方、トルコ系移民の側は、ホスト社会からの疎外及び出自の文化の維持とホスト社会への統合のあいだのジレンマが主たる問題として認識されていた。この両者の乖離の要因を探究することが、第二年度及び最終年度の主要な課題となった。その結果、ホスト社会側と移民側との争点は、ホスト国の形成原理にまで深化していることが明らかとなった。ドイツの場合、国民(Volk)の定義に、血統主義的要素を採用しており、血統上のドイツ国民と単に国籍を有するドイツ国民という二つの国民が混在することが最大の争点となっているが、ドイツの研究者及び移民政策立案者も、この点を争点と認識することを回避していることが明らかとなった。このような状況下では、移民の文化継承に関して、移民自らホスト社会への統合を忌避しイスラーム復興運動に参加するなど、異文化間の融合は進まず、むしろ乖離しつつあるという興味深い結果を得た。さらに、研究を深化させるために、本研究では、ドイツ以外のヨーロッパ諸国に居住するトルコ系移民をめぐる問題との比較検討を行った。フランスでは、トイツのような血統主義的国民概念が存在せず、国民のステイタスを得ることも比較的容易である。しかし、フランス共和国の主要な構成原理である政教分離原則(ライシテ)に対して、ムスリム移民のなかには強く反発する勢力がある。社会システムにいたるまでイスラームに従うことを求められるムスリム社会と信仰を個人の領域にとどめることを求めるフランス共和国の理念との相克が問題として表出するのである。この現象は、移民を個人として統合することを理念とするフランスとムスリムであり、トルコ人であることの帰属意識を維持する移民側との統合への意識の差に起因するものと考えられる。即ち、共和国理念への服従を強いるフランス社会の構成原理が、それに異論を唱える移民とのあいだで衝突しているのであり、そこでは宗教が主要な争点となっていることが明らかになった。さらに、本研究では多文化主義の実践において先進的とされるオランダとドイツとの比較研究を実施した。オランダの場合は、制度的に移民の統合を阻害する要因がほとんど存在しないことから、トルコ系移民の場合も、比較的ホスト社会への統合が進展している。しかし、オランダの採る多極共存型民主主義のモデルは、移民が独自の文化を維持することを容認する。そのため、麻薬や家族の崩壊など、オランダ社会に存在する先進国の病理に対して、ムスリム・トルコ系移民は強く反発し、むしろ自らホスト社会との断絶を図り、イスラーム復興運動に傾倒していく傾向が認められる。以上のように、ドイツ、フランス、オランダの比較研究を通じて、いずれの事例も、トルコ系移民のホスト社会への統合は、各国の異なる構成原理に関する争点が明示されてきたことによって、困難となっていることが明らかにされた。本研究は、多民族・多文化化が事実として進行している西ヨーロッパ諸国において、現実には、異なる宗教(イスラーム)や異なる民族・文化との共生を忌避する論理が、きわめて深いレベルに存在し、かつ今日の政治・経済においてもなお、それらが表出しうるものであることを明らかにすることに成功した。