著者
CLEM TISDELL 高橋 春成
出版者
THE JAPANESE SOCIETY FOR GEOGRAPHICAL SCIENCES
雑誌
地理科学 (ISSN:02864886)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.37-50, 1988-01-28 (Released:2017-04-20)
被引用文献数
1

有袋類,単孔類の世界であるオーストラリアへも,過去外部からの人間の渡来により有胎盤類が2度にわたり持ち込まれている。古くにはアボリジニによってイヌ(Canis familiaris dingo)が,また1788年以降のヨーロッパ人による入植・開拓ではブタ(Sus scrofa),ヤギ(Capris hircus),スイギュウ(Bubalus bubalis),ロバ(Equus asinus),ラクダ(Camelus dromedarius),ウシ(Bos taurus, Bos indicus),ウマ(Equus caballus),ヒツジ(Ovis aries),ネコ(Felis catus),イヌ(Canis familiaris)などがそれぞれ持ち込まれた。これらの有胎盤類はその後間もなく再野生化し,オーストラリアの農業や生態系に軽視できない影響をもたらしている。再野生化へのいきさつとしては,粗放的飼養による離脱,飼育価値の低下や居住地移動に伴う遺棄,逃亡といったものや,将来の食料源としての意図をもった解き放ちなどが抽出される。再野生化動物の分布パターンには乾燥地 / 半乾燥地-ラクダやロバ,湿潤地-スイギュウやブタといったそれぞれの適応性に応じた特徴がみうけられ,それらは生息環境となる植生タイプとも密接に関連している。各地で再野生化をとげた動物達は特に農業面に被害をもたらしている。農作物に対しては再野生化したブタやヤギなどによる食害,ふみつけ,ほりおこしなどが深刻である。家畜に対してはブタ,ヤギ,スイギュウ,ラクダ,ロバなどと放牧家畜の間に生じる食物や水をめぐっての競合,ブタによる子ヒツジの補食などが特に粗放的な放牧地帯で問題となっている。さらには,ブタ,ヤギ,スイギュウなどが病原菌や寄生虫の保菌者や媒介者となる点も懸念されている。その他,柵や水飲み場の破損なども各地で発生している。従来の生態系に対しても,これら再野生化動物の与えるマイナス面が指摘される。植物相にはブタ,ヤギ,スイギュウ,ラクダなどによる食害,ふみつけ,ほりおこしといった被害がみられ,また,スイギュウ,ロバ,ヤギなどの活動による土壌浸食も生じている。動物相にも補食,競合,生息地の破壊による影響がみうけられる。たとえば,従来の両棲類,爬虫類,鳥類などはブタの補食による影響を受けている。逆に再野生化動物が有効に活用されている例としては次のようなものがあげられる。まず,ブタ,ヤギ,スイギュウなどはリクリェーションハンティングの好対象となり,ハンターに狩猟の醍醐味を提供している。また,捕獲されたブタ,ヤギ,スイギュウ,ラクダなどの肉は国内で自家用食肉,地方の食堂用食肉,ペットフードなどとして消費されるとともに海外へも輸出されている。たとえば,ブタ肉の年間輸出量は1000万オーストラリア・ドル(1984年)にもおよんでいる。その他,ヤギはオーストラリアのカシミア工業に,またスイギュウはノーザンテリトリーの観光業にそれぞれ寄与している。スイギュウやロバなどは捕獲されペットや家畜としての再利用もなされている。このように再野生化動物は有害面と有益面の2面性をそなえているといえるが,これまでオーストラリアにおいては有害面,特に農業に与える被害にのみ関心が集中してきたきらいがある。そして,行政的,資金的なバックアップのもとに農業被害の実態とその除去に関する情報分析が進められ,その最終目標には再野生化動物の根絶がかかげられてきた。しかしながら,今後は分析の十分でない生態系への影響に対しても分析をすすめる必要があり,また,生物資源としての効果的な活用といった点をふまえた新たな管理のあり方について検討を加えていく必要がある。