著者
矢萩 拓也 Chen Chong 川口 慎介
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4-5-6, pp.97-125, 2019-12-25 (Released:2020-01-13)
参考文献数
194
被引用文献数
1 4

深海熱水噴出域を代表とする海底下流体湧出場には,深海底環境では「ありえない」規模の高密度で生息する動物群集がある。化学合成微生物を一次生産者とするこの動物群集が「深海底に飛び石状に分布する生息域間をどのように移動しているのか」という問いは,その発見以来40年にわたって研究者を魅了し続けてきた。最も一般的な学説は,底生動物が初期発生段階(卵・幼生期)に浮遊して移動する「幼生分散説」である。本説は,ある底生個体群から海洋環境へと移出した幼生が,ときに100 km以上におよぶ長距離を移動し,他の流体湧出場に移入するという分散過程を仮定している。しかし,幼生分散過程が包含する諸要因を定量的に評価した上で,同過程の成否を検証した例はない。そこで本稿では,熱水域固有動物の幼生分散過程を「移出」「移動」「移入」の各段階に分解し,幼生分散に関連する諸要因について生物学および海水動態の観点からレビューする。また,定量的な観測やシミュレーションモデルに基づく指標数値を用いて,沖縄海域における幼生分散過程の成否を試算した例を紹介する。まとめに,幼生分散研究における難点や調査・技術的制約を挙げ,現状を打破する実験手法や発展の見込み,海洋観測を基盤とする10年規模の将来展望を示す。