- 著者
-
Alonso H. Vera
Herbert A. Simon
- 出版者
- 日本認知科学会
- 雑誌
- 認知科学 (ISSN:13417924)
- 巻号頁・発行日
- vol.2, no.1, pp.1_5-1_15, 1995-02-28 (Released:2008-10-03)
- 参考文献数
- 11
本論文では, 状況的行為 (Situated Action: 以下SA) アプローチと記号処理アプローチとの違いについて, 記号の概念, 表象, プラン, インタラクションの4点で検討する.第一に, SA派は物理記号系仮説が人間の日常の認知には不適切だと主張しているが, 彼らは記号概念を誤解している. 物理記号系においては, 記号とは「何かを指示するパターン」である. それは感覚刺激から形成され, 記憶に貯えられ, 処理され, 運動を生じるものである. ところがSA派は, 物理記号系の「記号」は言語のような明示的な意味解釈を受けるものに限られており, 道の曲がり具合や温度計の水銀柱の高さといった日常生活で扱われている非言語的な「信号」を扱うことができないと誤解している.第二に, SA派は表象が不要であると主張する. 確かにある種の状況においては行為者の持つ表象は単純なもので間に合うが, 表象を持たずに知的な行為をするシステムは未だかつて記述されたことがない. 少なくとも行為が合目的的である限り, 目標や目標と状況や行為との関係については表象されていなければならない. さもなければ, 行動主義心理学に戻ってしまう. また, 生態学的アプローチでは, 行為者と環境との関係である「アフォーダンス」は直接に知覚され, 何のプロセスも必要としないという. しかし, メンタル・プロセスが無意識あるいは意識下で生じるということは, それらが記号処理プロセスでないという証拠にはならない. また, 行為が柔軟であるということは, すべてが新しく生成されていることを意味しない.第三に, SA派の言うように行為はしばしばプランなしに行われる. しかし, それは人間がプランを全く用いていないことを意味しない. プランは常に抽象的であり, 実行時に下位レベルの実装を必要とする. また, プラン通りに遂行されるかどうかは, その遂行途中で生じる出来事に依存している. プランの重要な特徴は, 状況的な行為を必要とするような機会を最小化することにある. ゆえに, 人間がプランを形成し, 行動がそれに影響されることと, 多くの行為が状況的であることとの間には, 何の矛盾もない.第四に, SA派はインタラクションを重視し, アフォーダンスを引き出して適切に反応することによって, 環境に適応できるのだと主張する. しかし, それは環境が比較的独立な構成要素に分割でき, システムが備える方略で間に合うほど環境が単純である場合に限られる. 方略が用意されていない状況は無視されてしまうため, システムは不適応な行動をとることになる.結局, SA派のように, もし研究の目的がSuchmanらが研究したようなコピーをとるというような課題を活動として理解することならば, 活動に注目するのは適切であり, 人間は活動の中の相互作用的構成要素として研究されれば十分である. しかし, その状況の中で人間は思考している. われわれの目的が, 人間が外界とどのように相互作用するかを理解することであるなら, 思考のプロセスに注目することが重要である. 記号派とSA派を分けているのは異なる課題と行動への注目である. 問題は両者の知見をどう統合するかであり, 両者を共約不可能なパラダイムと考えていては認知の理解は進まない.