著者
蛯原 一平 Ippei Ebihara
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.131-165, 2009-10-30

狩猟のなかでも特に,対象の姿が捕獲段階まで見えない罠猟など待ち伏せ猟の場合,対象動物についての的確な行動予測と猟場の選択が猟果に大きく影響する。それらは個々の猟師の経験知に基づいていると考えられるが,複数年にまたがり狩猟活動の分析をおこなった研究事例は乏しく,猟師達がそのような経験知をどのように蓄積していくのかという点に関して具体的に論じられることは少ない。本稿では,11 年間にわたり猟師自らが記した,罠の設置場所や捕獲個体に関する記録(罠場図)を分析し,複数年度の狩猟活動と捕獲結果について明らかにする。そして,猟師がイノシシの動きや環境の変化をいかに捉え,狩猟を実践しているのかについて考察をおこなうことを目的とした。 まず,罠場図に記された捕獲の記録を分析し,罠効率や捕獲個体の性比など猟期内における捕獲個体の量,質的な変化のパターンを大まかに抽出しつつも,年による違いが大きいことを指摘した。そして,それら予測しがたいイノシシの動きを猟師は「まわり」と捉え,見廻り間隔や罠の撤収日,罠を掛ける場所などを年によって変え,空間的,時間的に様々な試行錯誤を重ねていることも明らかにした。長い狩猟歴においても新たな餌場を「発見」するように,それら実践を積み重ねることで,イノシシの生態や餌場など自然環境についての認識を深めていくという経験科学的な側面が狩猟活動には存在する。そして,それは罠場図を書くことによって,イノシシの「まわり」を理解しようする猟師の実証的な志向に支えられていると考えられる。