著者
J. N. ELIOT
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.201-225, 1990-12-20 (Released:2017-08-10)

ウラギンシジミ(Curetis)属に関する分類学的研究はHAPMAN(1915),FRUHSTORFER(1908),SEITZ(1924).CORBET(1937),EVANS(1954)などがあるが,総合的な研究はEVANS以来なされていない.本稿では雄交尾器の形態を中心にウラギンシジミ属の分類学的再検討を行い,大筋においてEVANS(1954)の体系を支持する結果を得るとともに若干の変更点を提唱した.ウラギンシジミ属はSHIROZU&YAMAMOTO(1957)のように,雄交尾器の詳細な研究から独立の科とされることもあるが,ここでは広義のシジミチョウ科の1亜科Curetinaeとして扱う.ただし,広義のシジミチョウ科とはこのウラギンシジミ亜科Curetinaeとシジミタテハ亜科Riodininae,キララシジミ亜科Poritiinae(Lipteninae:sensu ELIOT,1973を含む),アシナガシジミ亜科Miletinae(Lyphyrinae:sensu ELIOT,1973を含む),ベニシジミ亜科Lycaeninae(Theclinae,Lvcaeninae,Polyommatinae:sensu ELIOT,1973を含む)の5亜科からなるものである.本稿では新種の記載は含まれていないが,筆者が提唱する分類体系は本文末尾のリストに示したとおりである.EVANS(1954)ではウラギンシジミ属は13種であったが,その後に記載されたfreda ELIOT,1959と今回の変更点をあわせて18種を認めた.EVANS(1954)の体系からの主な変更点を以下に示す.(1)スリランカからソロモン諸島まで分布するとされていたthetisを真のthetis(スリランカとインドの半島部),saronis(アッサム〜スンダランド),"snnersnecies barsine"(スラウェシ〜ソロモン諸島)に分割した.さらに"superspecies barsine"をvenata(スラウェシ),nesophila(フィリピン),barsine(マルク〜ニューギニア,ソロモン諸島)の3種に分割した.(2)独立種とされていたdentataをacutaの亜種とした.(3)acutaの亜種nagaを独立種とした.(4)tonkinaの亜種として記載されたmetayeiをsperthisの亜種とした.EVANS(1954)は,本属をthetis sectionとbulls section(insularisを含む)の2群に分割したが,ここではinsularisを1つのグループとして認め,以下の3群に分割した.(1)thetis群(thetis,saronis,nesophila,venata,barsine,tagalica,regula)雄交尾器のphallusの末端は右側面が鋸歯状となることもあるが,背面の半膜質部はshuttle-pieceと呼ばれる骨片を常に有する;brachiaは曲がる;翅の裏面には微細な黒点が散布されず,前翅裏面の中室外側の条線(postdiscal striae)は外縁に平行に走る.(2)bulis群(sperthis,siva,felderi, santana,tonkina,bulis,acuta,nasa,brunnea)Phallusの末端は右側面が常に鋸歯状となる;brachiaは曲がる;翅の裏面全体に微細な黒点が散布される;前翅裏面の中室外側の条線は外縁とは平行でなく翅頂部に向かう.(3)insularis群(insularis,freda)Phallusは後半部が曲がっており,末端は鋸歯,shuttle-pieceのいずれも持たず1つの尖った突起となる;brachiaは直線状;翅の裏面は微細な黒点が散布されず,前翅の中室外側の条線に平行に連続に走る.
著者
R. J. D. TILLEY J. N. ELIOT 吉本 浩
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.153-180, 2002-06-20 (Released:2017-08-10)
参考文献数
27

シジミチョウ科47種とシジミタテハ科7種について,緑,青,紫といった光沢を発する鱗粉の微細構造を調べた.構造色による虹様光沢には,Urania(ツバメガ)型とMorpho(モルフォチョウ)型が知られる.調べたシジミチョウのほとんどは,鱗粉表層部の多重層によるUrania型であったが,予期せぬことに,Lycaeninae(シジミチョウ亜科)のAphnaeini(キマダラルリツバメ族)と,Eumaeini(カラスシジミ族)の中のDeudorigina(トラフシジミ亜族)とHypolycaeninaのいくつかの種でMorpho型が観察された,シジミチョウ科のUrania型は,Eliot(1973)によって"pepper-pot"(胡椒入れ)型と名付けられたように,多重層に多かれ少なかれ穴の開いたやや複雑な微細構造を示すものが大部分であった.一方,シジミチョウ科のMorpho型は,鱗粉表面の縦隆起(ridge)の側面に生じる縦溝(flute)の作用によるもので(Morpho(flute)型),縦隆起側面のscuteによるシジミタテハ科,タテハチョウ科,シロチョウ科,アゲハチョウ科の,Morpho(scute)型とは全く異なっていた.系統や分類の分野では,鱗粉の形態は従来あまり用いられて来なかった.これは,類似した型のものが複数の科にまたがって現われるからである.しかし,シジミチョウ科の光沢鱗のほとんどが,蝶の他の科では見られないUrania(pepper-pot)型であることや,今回見つかったMorpho型がflute型であることは重要と考えられる.Morpho(flute)型は,例外的にアカエリトリバネアゲハの翅表の緑色鱗と裏面の青色鱗に認められる以外は,シジミチョウ科に特徴的と思われる.また,シジミタテハ科では,シジミチョウ科に現われる様々な型のどの1つも見られず,特に構造色鱗はタテハチョウ科で報告されているものと同じであった.シジミタテハ科については,従来,シジミチョウ科の1亜科として他のシジミチョウと姉妹群を成すという考えや,シジミチョウ科の姉妹群となる独立した科,またはタテハチョウ科の姉妹群となる科とする意見が提出されてきた.今回の観察は,シジミタテハ科とタテハチョウ科を姉妹群とする見解を支援する新しい情報を提供する.シジミチョウ科の中で,どちらの型の鱗粉が最初に獲得されたかを解くには,南米のシジミチョウ科を考慮する必要がある.南米は,北米経由のアンデス産のいくつかのPolyommatina(ヒメシジミ亜族)を別とすれば,亜族Eumaeinaのみが分布する.シジミチョウ科の起源は白亜期初期におけるローラシアのユーラシア域と信じられるが,ゴンドワナ大陸のアフリカ/南米陸塊へのシジミチョウ科の侵入は"ジブラルタル・ルート"であったろうとされ,白亜期中期前後の2つの大陸の分離時期には祖先的Eumaeiniのみが存在したとするのが論理的である(そうでなければ,今の南米にはEumaeini以外のシジミチョウ科も分布する筈である).亜族EumaeinaではUrania型の鱗粉のみが見られることから,シジミチョウ科の構造色鱗の起源はUrania型で,Morpho型は2つの大陸の分離後アフリカで進化したと推測できる.Urania型が先に現われたとする根拠は,それがPoritiinae(キララシジミ亜科)に見られることにもある.一般にシジミチョウ科の初期の分岐は,Poritiinae,Miletinae(アシナガシジミ亜科),Curetinae(ウラギンシジミ亜科)へと続く枝からのシジミチョウ亜科の分離を導いたと考えられるので,Urania型鱗粉はこの非常に早い段階で既に存在していたと推定される.Morpho(flute)型を有する3つのグループの内,亜族DeudoriginaとHypolycaeninaは,♂交尾器や翅脈から見て互いに近縁であり,また亜族Eumaeinaとも近縁である.DeudoriginaとHypolycaeninaはアフリカに分布の中心があり,恐らくインド大陸がアジアに衝突した後,東洋区や旧北区の東南縁に広がった.これは,.Morpho(flute)型がアフリカ大陸の分離後にアフリカで生じた考えをうまく説明できる.問題は残る1つのAphnaeini族である.この族はシジミチョウ亜科で最も早く分岐したグループと考えられ,ローラシアからゴンドワナ大陸に最初に入ったシジミチョウと考えられるが,そうであれば,この族が南米に産しないことは説明しづらい.この族の祖先が森林地域に適応できなかったというのがその説明になるかも知れないが,いずれにせよ,Aphnaeini族でのMorpho(flute)型の獲得は独自に起こったと考えるのが最もありうるように思われる.Morpho(flute)型鱗粉は,未分化(undifferentiated)鱗とUrania型鱗粉から別々に生じたように思われる.細部で高度に改変されたUrania型からの変形はやや想定しづらいかも知れないが,Chliaria属やSiderus属のいくつかの種では明らかに中間的な鱗粉が観察され,その変形過程の説明を可能とする.恐らく,多重層が単層になることで鱗粉表面の縦隆起(ridge)が高くなり,直立した縦溝(flute)も顕著となる.次いで単一の"pepper-pot"層も失われ,縦隆起の間隔が狭まるとともに,縦溝の傾斜が起き,最終的には鱗粉の表層下面と平行になるところまで傾斜が進んだと考えられる.