著者
菅井 三実 Kazumi SUGAI
雑誌
世界の日本語教育. 日本語教育論集 = Japanese language education around the globe ; Japanese language education around the globe (ISSN:09172920)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.113-135, 2007-06-30

本稿は、現代日本語の「ニ格」に認められる多様な用法を包括的に考察し、認知言語学的な手法によって一元的に特徴づけるとともに、特に周辺的な現象として扱われて来た[起点]および[動作者]の用法について、意味分析に基づいた統一的な説明を与えるものである。本稿で言う認知言語学的アプローチとは、意味を解釈と規定する意味観に基づく点であり、言語話者の解釈に依存する分析をいう。 第1節では、「ニ格」の意味役割を概観した上で、 空間的な用法において、自動詞の主格NPまたは他動詞の対格NPが与格NPに《一体化》するという観点から一元化され、同時に《一体化》に《融合性》《密着性》《到達性》《接近性》という程度差を認めることで、個別の意味役割を一元的に整理できることを示した。第2節では、「ニ格」の用法のうち非空間領域の用法を取り上げ、空間次元と並行的に、《一体化》という単一の軸の上に整理できることを確認した。 第3節では、周辺的な意味として、「友人に本を借りる」のような[起点]の用法を取り上げ、主格NPから与格NPへのエネルギー伝達を前提とする点で、[起点]の用法が[着点]の基本的含意を継承しており、移動主体との乖離を前景化する「カラ格」と弁別的に区別されることを具体的に示した。 第4節と第5節では、受動文の動作者標識としての「ニ格」を取り上げ、(1)受動文においても「ニ格」は主格または対格へのエネルギーの到達が保証される点で基本的な意味を保持する、(2)複合辞「ニヨッテ」は〈出来事を引き起こすもの〉をプロファイルする、(3)「カラ格」は、主格NPと動作者相当句とが離脱した状態にあることをプロファイルする、 という点で弁別的に区別されることを例証した。 本稿の分析を通して、「ニ格」の意味を統一的に規定すると同時に、解釈によって多様な振る舞いを見せる「ニ格」の用法を統一的に説明できることが示されたと思われる。
著者
菅井 三実 Kazumi SUGAI 兵庫教育大学学校教育学部 Hyogo University of Teacher Education
雑誌
世界の日本語教育. 日本語教育論集 = Japanese language education around the globe ; Japanese language education around the globe (ISSN:09172920)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.175-191, 2002-06-28

本稿は、格助詞「が」の両義性を出発点として、 2種類の「構文スキーマ」を提案し、基本文型を具体的に範疇化するところにまで発展させたものである。まず、「ガ格」成分の基本的意味として述語レベルで 〈主体〉 と 〈対象〉 の 2つを認める。前者は 「太郎が走る」のような主語的なもので、後者は「水が欲しい」のように、むしろ目的語的なものである。 この両義性が 《意味と形式の一対一対応》 の原則に反することから、より高次のレベルにおいて「ガ格」を「述部内において最も顕著な成分」を標示するものとして同化させる。その上で、述語レベルにおける 2つの意味を分化させるために構文レベルに 2つの「構文スキーマ (constructional schema)」を導入する。この構文スキーマを導入することで、従来、その位置づけが確然としなかった 〈存在文〉 〈同定文〉 〈能力文〉 〈可能文〉 〈てある文〉 〈主観表現〉 〈形容詞文〉 などに対し、ガ格の意味に基づいて構文的特徴を明らかにするとともに、プロトタイプ効果を確認しながら、明示的な範疇化を試みる。具体的には、 存在文をプロトタイプ的メンバーとし、《存在のあり方》 を変数とする存在表現のバリエーションとして放射状に範疇化するというものである。同時に、〈存在のありか〉 が「ニ格」で標示されるかどうかという存在文に固有の特性に着目することで、〈(広義の)同定文〉 〈数量形容詞文〉 〈知覚文〉 〈関係文〉 が 1次的メンバーとして位置づけられ、〈情意・情態形容詞文〉 〈主観表現〉 〈能力文〉 〈てある文〉 が 3次的メンバーとして位置づけられることを例示する。